山の本 : 「人間の土地へ」小松由佳 著 ★★★★★ 集英社インターナショナル
投稿者: hangontan 投稿日時: 2021-1-9 16:05:30 (183 ヒット)

私が「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」を読んでいたころ、カミさんが本書を図書館から借りてきていた。著者のことは初めて聞く名で、ましてや日本人初の女性K2サミッター(2006年)であったことも知らなかった。そもそも日本人女性でK2に登った人がいることさえ知らなかった(実は3人いる)。そんな著者の本だけに興味津々、カミさんが読み終えたので、返却期限まで間があるので、拝借して読んでみることにした。

期待していたK2や山のことについての記述は冒頭の部分だけ。K2登頂後に挑んだシスパーレでの敗退を期に、彼女の興味は山岳僻地に暮らす人々に向いていく。その後。独りアジアの砂漠や草原を旅する中でシリアの人々に魅了されていく。本書の主題はそんな彼女が見た、経験した、シリア内戦とそこに暮らす人々の生活。砂漠に暮らす人々の生活様式やイスラム社会のことも新鮮だが、それがリアルに映るのは彼女の実体験からくるものだろう。そこにはK2登頂よりも過酷で非情な現実があるのだが、そのすさまじさをあっさりとした文体で綴られているのも本書の特色だ。そこには、そこに踏み込んだ彼女の純粋でしなやか、かつ芯の強さがうかがえる。

たぶん、彼女が本書で意図したことは、本当のシリアを、本書の題名ともなっている「人間の土地」を、より多くの人に知ってもうらうことだと思う。その意味では、見事にその役目を果たしている。だが、読み手が向き合うのは、メディアなどから伺い知れないシリアの実情もさることながら、そんな「シリア」に入れ込んだ彼女の生きざまそのものだと思う。もし彼女がK2登頂を果たしていなかったら、こんな風に「シリア」とは向き合えなかったような気がする。根底には「山」というものが根っこにあるからこそのその後の彼女人生があると思う。本当に筆舌に尽くしがたい彼女の生きざま、それを選択した彼女に尊敬の念を覚えるとともに彼女とその家族に幸あれと思う。

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