山の本 : 「私の山旅」槙有恒 著 ★★★★★ 岩波新書
投稿者: hangontan 投稿日時: 2021-9-7 17:34:56 (112 ヒット)

山に関わるようになってから槙の名前は見知っていたが、本書を手に取るまで、ずーっと「まきありつね」だと思っていた。だが、「ゆうこう」というのが正しいようだ。本書の初版は1968年、槙有恒の生まれが1894年なので、槙が74歳のときに出された本ということになる。決して分厚い本ではないが、その厚み以上のものを物語るとても内容の濃い本だ。もしかしたら、今自分が年金をもらう年頃になったことも、この作品に傾倒した一要因なのかもしれない。

「山旅」というよりも、山と共に生きた彼の人生を振り返って書かれた自叙伝といった内容。なにしろ、少年時代から彼の行くところすべてに「山」がある。初めて兄と登った山に始まり、慶應義塾時代に過ごした山、アメリカ遊学、社会人になってから登った山、イギリスやスイスでの放浪の山、秩父宮殿下との山を通しての交流、台湾の山、アルバータ登頂話、三次に渡るマナスル登頂記、とにかく彼のへの想いがとめどなくあふれ出るように描かれている。しかも、ただ山に登ったという山行記にとどまらず、その地に過ごした日々のこと、そのときの社会情勢も端的に描かれており、まるで、彼と一緒に旅をしているかのような臨場感があり、紀行文としてもとても優れている。
さらに、山を通しての人とのめぐり合いがまた凄い。上条嘉門次、小島烏水、佐伯平蔵、宇治長次郎、志鷹三次郎、佐伯文蔵、今田重太郎、今西錦司、ウエストン、等々山のお歴々が生で登場する。
締めくくりは、昭和41年晩秋に訪れた馬場島。宵闇迫る中まだ夕陽に輝く剱は、さながら彼の山旅の余韻であるかのように映った。

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