本棚 : 「ロング・グッド・バイ」
投稿者: hangontan 投稿日時: 2010-5-12 6:17:52 (420 ヒット)

レイモンド・チャンドラー 著 ★★★★★ 早川書房

文句なくおもしろい。翻訳者である村上春樹氏が何度も読んだ、というのもうなずける。
1953年に書かれた本書だが、今なお色あせず読むものを堪能させてくれる。最近は、流行のジェットコースター・サスペンスになれてしまって、目くるめく展開が当たり前となっている。どきどきワクワクさせながらあっという間に読み切るのが好まれる傾向にある。しかし、この小説はそのまったく逆。ゆったりと流れ行く時間が自然に感じられ、心地よい読書の時間を提供してくれる。文章の巧みさ、語彙、しゃれた言い回し、それがくどくもなくさらりとした文体。うーん、と唸らせてくれる表現、場面が何回も出てくる。

邦訳物を読むたびに感じることがある。これまでに幾多の読み応えのある、おもしろい小説に出会ってきた。しかし、それはあくまでも原書を日本語に訳して伝えられた二次情報に過ぎない。だから、原書とその邦訳物は別の作品なのではないだろうか。仮に原書で読んだとしても、それを頭の中で日本語に反芻しているのだから同じことではないのだろうか。日本人である限り、ネイテヴが感じる面白さを味わうのは永遠に不可能ではないのか。そう思うのである。1953年に書かれた文章が50年以上もたった今、なんの違和感もなく受け入れられるものだろうか。日本の小説でさえ、その時代のものは古臭さを感じる。それは古典とか文芸書とか、そういう次元ではなく、単純にそう思うのである。邦訳小説でも同じことだろう。その当時にはその時代なりの訳し方があって、その時代の日本小説に合わせたような邦訳となっている。今回2007年に村上氏が邦訳した「ロング・グッド・バイ」はまさしく現代の「ロング・グッド・バイ」となっていて、彼の「ロング・グッド・バイ」となっている。

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