山の本 : 「錦繍」 宮本輝 著 ★★★ 新潮文庫
投稿者: hangontan 投稿日時: 2010-10-5 20:30:15 (640 ヒット)

『前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて』
この出だしは名文だろう。この一行で物語に引き込まれてしまう。紅葉に染まる蔵王で、偶然別れた夫を見かけた妻が元夫に手紙を送る。その手紙をもらった方は、最初戸惑いながらも返事を返す。その後数回の手紙が行き来する。離婚の直接の原因は夫が起こした惨劇にあるのだが、手紙のやり取りから、別れた後もお互いに愛を抱いているは明らか。手紙を書くことによって、自分の気持ちを整理し、その時々の思いを正直に語っている。
錦繍とは赤、黄、橙に染まった、全山紅葉の錦絵を思い浮かべる。一本、一本の木が全体としてモザイクのように融合し絡み合って、一つの景色を作り上げている。人生もまたしかり、自分のまわりのもの全てが複雑に絡み合ったモザイク模様。本書では手紙という形をとって、それを十二分に描いて見せている。

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