山の本 : 「還るべき場所」 笹本稜平 著 ★★★★ 文藝春秋
投稿者: hangontan 投稿日時: 2011-12-4 17:04:39 (402 ヒット)

前に読んだ「天空の回廊」よりはおもしろい。話があちこちに広がらず、ほとんどが山中心の物語に仕上がっている。

山だけで、これだけの長編を書くのはたいへん難しい。いくら山好きでも、山のシーンばかりでは、読みものとしては飽きがきてしまうからだ。そうならないようにとの思惑があってかどうか、山の小説にはサスペンス仕立てとなっているものが少なくない。本作品はそのサスペンス性を匂わせながらも、そちらに偏りすぎない筋立てに仕上がっている。

サスペンスに気をまわし過ぎると、山の話なのかサスペンスなのか、中途半端な物語に陥ってしまう場合が多々ある。先に読んだ「天空の回廊」はその一つの典型。

作家にとっても労多くして実り少なし、ということになりかねない。おそらく、作者は風呂敷を広げ過ぎた前作に懲りて、なるべく純粋な山の物語を目指したものと想像される。その薬味としてサスペンスが少々ふりかけてある。

舞台はブロードピークとK2。
K2で最愛のパートナーを悲惨なかたちで失った主人公。

その彼が再起の可能性を胸に秘め、公募登山のスタッフとなってブロードピークを目指す。そこで彼はそれまでの自分の山登りとの違いに戸惑いを感じる。公募登山とはお客さんを登らせてなんぼの世界。そのためには自分はひたすら脇役に徹しなければならない。というより、そこは山であって山でない。山に向かうとか山懐に抱かれるとかそんなこととは無関係の「仕事場」でしかない。それまで自分のために登って来た山と「区別」せざるを得なかった。

ニュージーランドの公募隊と協力し合いながら、登攀はいよいよ最終段階に入る。ニュージーランド隊のアタック日、天候が急変し山頂付近は嵐に包まれる。大量遭難の思いがよぎる。そこで主人公は公募登山のスタッフとしてではなく、一人の山屋としての行動に出る。救助に向かう彼の心の内からは「仕事場の山」と「自分の山」との垣根が取り払われてしまっていた。

還るべき場所をみつけた主人公であった。

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