山の本 : 「青春の条件」上・下 森村誠一 著 ★★ 角川春樹事務所 
投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-1-17 18:25:47 (627 ヒット)

先に続けて読んだ「純白の証明」「青春の雲海」と、二冊ともに、期待を裏切られ、今度こそはとは手に取った一冊。地元北日本新聞をはじめ多くの新聞に連載されたというから、それなりの内容のはず。

だが、今回もまたまた期待を裏切られてしまった。
「森村誠一はいったいどうしちまったんだ」と、つまらなさに斜め読むことしきり。

森村誠一の作品もまた類型化してしまっている。そのパターン化にしても、心地よさがまったく感じられない。字面こそ埋め尽くしてはいるが、上辺だけで、内容がともなっていない。同じパターン化にしても、昨年自分の中で大ブレークした池井戸潤とはえらい違いだ。

それとも私の読みが足りないのだろうか。今や大御所作家のはずなのに、この出来の悪さは不思議でたまらない。

物語は沖縄の知覧特攻隊基地から始まる。愛する女性のために二度も三度も口実をつけて特攻から戻って来る隊員。必死の命に背いて、生きながらえるため、特攻機を駆って単身中国大陸に向かった隊員。彼らの末裔たちの織りなすドラマ。これが、一つの類型。この部分で新聞読者の心をつかんではいるのだが。

軍事政権で揺れる東南アジアの某国から逃げてきている民主派指導者をかくまう非政府組織。この集団が浅田次郎ばりの個性派集団。その中の一人の女性が外国要人の特別供応係り。これもまた一つの類型。

主人公を取り巻く麗しい女性たち。主人公はあくまでいい人物である。

その女性たちや個性派集団を引き連れて山に入り、登攀シーンを繰りひろげ、山の世界を垣間見せる。これもまた他の作品に使われた手法。

今回はおまけとして、民主派指導者を抹殺するために送り込まれた八人の殺人集団が余興として登場。なんとも漫画チックでおバカな役回りを演じている。

そして最後にくるのは、ヒマラヤ山脈の末端に位置する某国にある未踏峰アグリピークへの大遠征。ここの場面にかなりのページが割かれている。資金力にものを言わせた三カ月にも及ぶ大キャラバン。相当大げさな大名行列だが山の話としてはいくらか見ごたえはある。

他の作家にはまねのできない、森村誠一得意の山の描写が冴えわたる。

そして、最後の最後にきて、主人公らを襲う悲劇。頂上アタックの帰路、殺人集団の最後の残りの一人がしつらえた罠にかかって、アタック隊は稜線から転落。4人のパーティーは一本のザイルで宙吊りとなってしまう。そして切断。これもまた類型の一つ。

正直言って、山の話にくるまでは、なんとも支離滅裂型の内容といっても過言ではない。特攻隊の末裔が見えざる運命の糸によって引き寄せられ、困難を共にし、そして一つの目的に向かって道を切り開いていく。それが物語の主題をなしているのだが、それにボリュームをもたせる肉付けがうまくいっていない。

直前に読んだ「青春の雲海」でも感じたが、この作品も「題材やそちこちに散りばめたプロット、プロットはまぁまぁだと思うが、筋立てや伏線の張り方が安易すぎて深みと面白みに欠ける」という印象だ。

加えて、この作品は多くの新聞に連載された作品。冒頭の特攻隊のつかみから某国の民主化運動に絡んだ序盤からは、新聞読者はある程度の期待を抱いていたはず。それが、物語が進んでいくにつれて、作者は深いロジックを組み立てられなくなり、へんてこりんな殺人集団の登場や、抽斗にあった過去の作品のモチーフを拝借して、それらを危ういながらも繋いで最後のアグリピークの遠征までもっていった、との印象が残る。

その辺を、生で読んでいた新聞読者はどう捉えていたのだろうか。そして、この作品を掲載した新聞社はいかに。

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