本棚 : 「コカイン・ナイト」 J.G.バラード 著 ★★★ 新潮社
投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-8-9 16:31:12 (443 ヒット)

J.G.バラード、「スーパー・カンヌ」に続いて二冊目。こちらの方が先に出されている。

本作品も成熟社会の狂気が主題となっている。
題名からコカインが醸し出す魅惑の世界を思い浮かべるが、コカインが全面に出た物語ではない。ただ、コカインが人間を変える媚薬なら、狂気こそが成熟した社会に漂うどうしようもない狂気の世界から人間性を取り戻す処方箋と位置付けられているこの物語からすれば、社会を変える象徴としてコカインという題名はなるほど、と思わせる。

舞台はジブラルタルとコスタ・デ・ソル。いったいそこはどういう場所なのか、どこにあるのか、この作品を読んで初めて知った。どうやらそこには夢のようなリゾート社会があるらしい。

成熟社会における実験的試みが物語のキモとなっており、この作品もSF的な雰囲気が漂っている。退職者コミュニティーに暮らす悠々自適な人々。なかには50歳を前にしてその社会に入ったものもいる。何もしようとしない人々。何もしなくても暮らせる現実。閉ざされた社会で無限とも思える単調な生活の繰り返し。はたしてそこには生きている実感があるのか、そこに生きる価値があるのか。それで人間といえるのか。
無気力社会に投じられた狂気が人間の本性と本能を呼び起こす。

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