はんごんたん処方箋

富山オリジナル  パナワン

富山オリジナル  エッセン

足跡掲示板

  • Repuさん、ありがとうございます。おかげさまで、発作は収まりまして、軽快に過ごしています。ただ、寝てばかりいたせいか、筋肉がすっかり落ちてしまい、目下復調に向け励んでいます。また、雑穀でお会いしましょう。 ( panawang - 2017.06.16 17:39 )
  • 救急搬送され、その後の経過はいかがでしょうか?決して無理されませんように。 いつも美しい写真、楽しませていただき、ありがとうございます! ( Repu - 2017.06.15 21:59 )
  • float cloudさん、コメントありがとうございます。返事遅くなりました。すみません。過分なおほめを頂き、こそばゆいです。つたない文章ですが、書くことによって、自分の考えをまとめようと努めています。当HPに辿りついていただきありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 ( panawang - 2016.05.15 19:44 )
  • こんばんは〜、はじめまして、はんごんたんさん。プロフィール欄がないので、いったいあなたが、どういう方なのかわかりません。 ぼくは、1948年生まれで、4年間、富山大学の薬学部に在籍していました。その間、薬学部の山岳同好会に在籍もしていました。いまも藪山登りをしていて、 3,4年前まで山中に限って、たまに心臓に異常をきたしていました。偶然、この楽しいブログに出会いました。内容もさることながら、文章もしっかりしていて、すばらしいブログだと思い、ここに投稿させていただきました。 ( float cloud - 2016.05.13 20:53 )
  • 337さんいつもどうも。歳をとるにつれて、自分の山も変わってきました。のんびり歩いていると、今まで見えなかったものが、見えてきたりします。楽しみが増えたように思います。 ( panawang - 2015.06.17 05:28 )

1 2 3 4 ... 23 »


Help にゃ〜ん♪
山の本 : 「死者として残されて」ベック・ウエザーズ、ステファン・ミショー 著 ★★★ 光文社
投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-12-28 19:14:12 (177 ヒット)

原題が「Left for Dead」。
ただ単にエヴェレストの高所においての瀕死状態(仲間からは助からないと置き去りにされた)から生還した驚異的な経緯を述べているのではく、むしろその部分は淡々としていて、山を通しての彼自身の生き方の吐露といった内容の本となっている。

表紙の写真がこの本の内容のすべてを物語る。1996年の5・10の悲劇から奇跡的に生還した直後、凍傷で黒焦げになった顔と両手を包帯でぐるぐる巻きにされたベック・ウエザーズが妻のピーチと抱き合っている。ベックの表情は深手を負った顔からはよくはわからないが、ピーチは本当にうれしそうにベックの胸に顔を預け、彼女の手には一本のバラが力強く握られている。ベックの生還の喜びを分かち合っているだけではなく、それ以上の物語がウエザーズ夫妻にはあった。

5・10のエヴェレスト大量遭難について書き記されたものは「空へ INTO THIN AIR」「デス・ゾーン 8848M エヴェレスト大量遭難の真実」に次いで、これで三冊目。本書は先の2冊から比べてやや遅く出されている。執筆までに時間がかかったのは、ベックが右手を失うといったこともさることながら、この山以前と以後とで彼の生き方と家族との関わり合いについて、家族に感謝を表す意味においても、整理する時間が必要だったのだろう。

その日、ベックがブリザードのサウスコルに置き去りにされた経緯については、「空へ INTO THIN AIR」「デス・ゾーン 8848M エヴェレスト大量遭難の真実」に詳しく書かれていて、本書の内容はそれらとなんら矛盾するものはない。というよりは、当事者としての彼が書くことによって双方の記述の裏付けをしていることになっている。もちろんその生還劇は真に迫っていることは言うまでもない。

ただ、先の二冊はプロガイドによる商業登山の功罪を中心に書かれているが、本書にはそういう記述はきわめて少ない。ベックのひたむきな山への情熱と撞着の中にあっては、遠征に必要な650万ドル(約700万円)は目的に必要なキップ代に過ぎず、『ほとんどのクライマーと同じで、登山はおのれ自身との闘い』だと思っており、サポートするガイドも一緒に登ってくれるクライマー『チームメイト』同様だった。裏を返せば、彼はエヴェレスト遠征に際し厳しいトレーニングを自身に課してきており、ガイドする側される側ということにはあまり意識がなかったように見うけられる。

山には謙虚な姿勢であったこともうかがわせ、エヴェレストに向かうまでは『頂上に立てるかどうかはその時の運であって、下山だけは何があろうとはたさなければならないという常識的な登山理念に従って』おり、ベースキャンプに入ってからも『午後の二時下山時刻厳守――この数週間、みんなに繰り返し叩き込まれていたのは、この点だった。二時までに登頂できるペースで登れないなら、山が暗闇に包まれる前にキャンプに戻ることもできないのだ』と述べている。

にも関わらず悲劇は起こってしまうから山は非情だ。
しかし、一旦死んで、また生き返って、彼はかけがえのないものについての思いを新たにた。そして『新しい人間に生まれ変わる過程』を本書に記したのだった。

印刷用ページ このニュースを友達に送る