本棚 : 「アルファベット・ハウス」ユッシ・エーズラ・オールスン 著 ★★★ ハヤカワ・ポケット・ミステリー
投稿者: hangontan 投稿日時: 2016-11-25 6:31:11 (367 ヒット)

1997年に出された作者の処女作。第二次大戦の末期から物語は始まる。
物語は前半と後半に分かれている。ドイツの偵察に向かった主人公二人の乗る偵察機が撃ち落とされる。深手を負いながらも適地からの脱出を試みる二人は列車に飛び乗るが、それは精神を病んだナチスの将校らを運ぶ車両だった。そのまま、精神を病んだ者たちが収容されている病院に収容される。その施設の名前が本書題名のアルファベット・ハウス。

二人が撃墜されてから施設に収容されるまでの物語はかなり緻密に描かれている。というよりは、登場するものすべてにおいて、人物であったり、風景であったり、こと細かく再現されている。まるで、其処に居た者が見えるものをすべからく描きだそうとしているかのようだ。であるから、読み手も忠実にその場面を目で追うことが可能だ。

ナチスの上級将校に成りすました主人公らのアルファベット・ハウスでの生活ぶりの描写にも手抜きがない。電気や薬物を使った治療法は生々しい。それほどの拷問ともいえる治療を受ければ、まともな人間でも精神を病んでしまうだろう。それでも生き残るためには仮病を装い続けなければならない。そんな二人の精神状態の描写は真に迫る。そして、一人は脱出し、一人は施設に残されたまま終戦となる。ここまでが前半。

後半は精神病棟から脱出したブライアンが、長年の月日を経て後、残してきたジェイムズを探す旅と双方の心の葛藤を描く。
ブライアンはジェイムズの消息を追うが、あらゆる方面から手を尽くして調べても、杳としてジェイムズの消息はつかめない。しかし、ほんのちょっとしたきっかけからブラウン自身の過去へのつながりを見出し、それがジェイムズとの再会へと導いていく。この辺の追跡場面の組み立てもそつがない。「特捜部Q」シリーズでみられた緻密な捜査手法を中心に据える物語展開は、このとき、彼の処女作にしてすでに出来上がっていた。

収容所仲間との死闘の末、ようやくブライアンはジェイムズとの再会を果たす。だが、ジェイムズは生き残るため精神病を演じ続けるうちに、本当の自分を心の奥深く閉じ込めてしまっていた。ジェイムズはブライアンとの再会で覚醒するが、ブライアンを受け入れることができない。脱出に成功した一方は普通の家庭を持って幸せに暮らしていて、方や残された一方は精神病患者として、ただただ生ける屍同然の時間を過ごしてきた。そんな長年の月日のうちに生じたブライアンとの大きな溝と格差を呪い、ブライアンを許すことができなかったのだ。

失われた時間と、異なる環境下かにおかれた二人の心の内の隔たりはあまりにも大きく、哀しくて辛い現実を突きつける。二人の関係はどうなるのか、終盤に来て手に汗握る展開となり、最後のページまで目が離せなかった。

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