東小糸谷登り口起点 中山のコルまで1時間(ゆっくり)1650まで(1時間15分)山頂まで(1時間)コシアブラは時期遅く、ユキザサ、エラしかなかった
1700くらいから雪を拾う。山頂は混んでいる。山頂のミネザクラに初めて気づいた。あと1週間で満開だろう。20人くらいとすれ違う。馬場島はテントもいくつかあり、活気を戻しつつある。
この時期のクズバ山がSNS上でハイキングルートとして紹介されていることもあってか、軽装の人が目立つ。初心者と思われる人がピッケルも、ポールも、アイゼンもなく雪の上を歩いている。
久しぶりに雪となって、冷え込みもきつかった。朝、家の前の道路はツルンツルンに凍っていた。馬場島までの道を考え遅い出発。伊折を出たのが10時過ぎ。スノーシューで膝下までのラッセル。先行者がいたがすぐに追いつき、追い越す。久しぶりの新雪ラッセルはとても気持ちがよい。上空はやや霞んでいるが、剱がばっちり見え、最高の身分。剱センター跡までたっぷり2時間かかった。山に登るにはもう少し雪が欲しいところ。
久しぶりの笠取山。
昨日、茗荷平山でカンタケに出会って、そういえばこの山にもあったはず、と思い出して、出かけたのがこの山。
この山は雪のある時期には城山までの縦走路の起点となる山。また、秋から冬にかけてはキノコの山となり、幾度か通ったことがある。一時期、どこを歩いてもナメコの群生にありつけたのだが、その朽ち木も老化が進み、菌床にすらならなくなってしまった。それでも、山は行ってみなければわからない。無いならないで、その確認もしてみたかった。
結局見つけたのは、帰路、半分朽ちかかっていたミズナラの立ち木一本。まだ開ききってはいないが、それでも味噌汁一杯分にはなる量。全くゼロよりマシだろう。
新調した登山靴モンベルアルパインクルーザー2000の慣らしとリハビリを兼ねて出かけた。それにしても、いつになったらリハビリ山行から脱することが出来るのだろうか。
長く使っていたハンワグの靴底が剥がれ、自分で接着剤で処置したが、それも剥がれたので仕方なく買った。数年前に底がすり減って一度底を張り替えたことがあるので、二度目だから、まぁ、諦めもつく。だが、そのモンベルの靴、なかなか足になじまない。アッパーが皮でできているので、履きこめばそのうちなじんでくるかと思ったのだが、当てが外れたみたい。
さてこの山、やはり雪がない。登山道に積もった枯れ葉が冬を感じさせるのみ。稜線に出れば、天下一品の大パノラマが広がる。ハゲ山に2時間ほどで到着。まだお昼前だったので、引き返して、茗荷谷山で昼食とすることにした。
ベンチに腰掛けて、うっすらと雪の乗った剱周辺の山々を目にしながら、ポタージュスープを溶かし、ハムサンドとジャムパンをほおばる。30分ほど景色を楽しんで山頂を後にした。
行動時間 日石時パーキング起点 4時間30分
カンタケ少々 味噌汁二杯分
12月2日から伊折のゲートが閉じて、また静かな山歩きの季節がやってきた。
今年は11月になっても暖かな日が続き、12月初旬もその傾向は同じ。ゲート付近は全く雪がない。雪の状態が分からなかったので、冬用の靴を用意してきたが、いらなかったようだ。もちろん、スノーシューは置いていく。ザックにカメラセット2台と三脚を入れて、出発。
雪は少ないものの、快晴の元、白く雪をまとった北方稜線の連なりが青空に映えて眩しく光る。こんな光景がずーっと続く馬場島への道は、ゲートが閉じてからが本番となる。小又橋手前の杉で覆われた道路あたりから雪が少しずつ現れる。融けているところはアイスバーンとなっているので、わずかに残った雪を拾いながら歩く。ゾロメキ近くになると、よけいに氷が張っていて緊張する。
ゾロメキを過ぎ、カーブを右に回ると、いつもの撮影地点。毎年見慣れた光景だが、何枚も写真に撮る。この時期は早朝よりも、光が右斜めから射しはじめる9時半過ぎからがよい。一通り撮り終えて、再び歩き出そうとしたら、怪我をした膝が固まってしまっていて、思うように動かない。歩いているときは、さほど感じなかったのだが、ほんの20分程度足を延ばしたままでいたら、文字通り棒のようになっていて、歩きづらい。
誰もいない馬場島に到着。警備隊の人もいない。積雪はくるぶしくらい。今年の秋に開拓した、立山川への道を行こうかとも思ったが、いつもの景色が見たくて、白萩川へと降りていった。さすがに、この道に入ると雪が徐々に深まっていく。スノーシューがあればそれに越したことはないが、ツボ足でも大丈夫。テムレスの中に汗をかきだしたので、薄手の手袋と交換する。ラッセル、早歩きにはテムレスは不向きだ。
一歩きすると、右側の山の斜面が切れ、眼前に小窓尾根、剱尾根を見渡せる地点に出る。ここからの眺めは逸品だ。岩の殿堂剱を目の当たりに感じられるこの場所は、新緑と今の時期そして厳冬期が格別賞賛に値する。
戻って、馬場島の日の当たる場所で昼食。生姜湯で温まりながら、ジャムパンとハムサンドを食べる。不整脈と膝の怪我で山から遠のいてしまったが、昔の頃を思い出しながら、再び会心の山が来ると信じて、ここに通っている。
行動時間 ゲート起点 5時間
早月尾根も1900まで上がると急に視界が開けてくる。小窓尾根が正面に飛び込んでくるのもこのあたりから。本峰こそ望めないが、ここはここで一つの絶景ポイントであろう。黄色く色付いた葉っぱと、白くて力強い幹を持つダケカンバが印象に残った。
実に2016/10/21以来の登頂。あのときから比べれば状況は大きく変わった。
昨年の5月にブナクラ谷の雪渓を踏み抜いて岩角にぶつけ、右膝蓋骨をパッカンと見事に割ってしまった。もうこれで俺の人生は終わったと思った瞬間だった。テンションバンドという術方で皿を固定し、一年後皿を留めていた針金を抜釘して後、本格的にリハビリスタート。最初は50メートルも走れなかった。脳と脚が走ることを完全に忘れていたのだ。その後じっくりじっくりリハビリに励み、徐々に筋力と体力をつけ、走る距離も伸ばしていった。そして9月には4キロのランをこなせる体に仕上がってきた。そして、1500、1700と体調と膝の具合を見定めながら登行を延ばし、本日、秋晴れのまっただ中、登頂を果たした。
前回より20分多く時間を要している。なにせ中山までの登りでかなり体力を消耗してしまう。持久力も衰えているが、それ以上に右足の踏ん張りが効かないことが登行スピードに影響を与えている。大腿筋と膝蓋筋が著しく衰え、ジムで筋トレを繰り返してもなかなか復活してこない。ここは筋トレを地道にやっていくしかないのだろう。日増しに衰えて行く体と筋肉回復という相反する課題に向き合いつつ、もう一つの難問「心房細動」もうまく飼いならしていかなければならない。試練は死ぬまで続く。
目が覚めたらまだ3時、ちょっと早いと思ってもうひと眠りして起きたら5時を回っていた。あわてて朝食をかき込んで家を出た。白萩川の車止めを出て歩きはじめたのが6時40分。赤谷山を目指すには1時間は遅い時間になってしまった。
堰堤直前の橋は撤去されたままで、そのすぐ上流に太い導水管を埋め込んだ道が作られたのだが、そこに残っている雪を伝って左に回り込む。しばらくは右岸の夏道伝いに行くが大岩あたりから雪渓に乗る。すぐに高さ15〜20メートルほどの岩場が連なる場所を左に見て、クライミングの練習場に使えないものかと想像をめぐらせる。
4名の下山者とすれ違う。上部の様子を聴こうと思ったが、取り付くしまもないような雰囲気だったので声をかけそこねた。デブリでうねっている地点を上下しながら歩いていると、急に下半身が重くなり始め、こうなると次に来るのは予想できたが、予感通り不整脈発作となった。そんなに急いで歩いていたわけでもなく、急傾斜な雪渓でもないのに、突然襲ってくるこの発作にはいつもながら驚かされる。一歩一歩が重たく苦しいので一本取ることにした。
シベノールを飲んで10分ほど休んでから行動を再開。いくらか体は軽くなって、脈も落ち着いてきたが、目指す赤谷山は無理とあきらめ、あとは何処まで足を延ばすかというところ。先行者が一人いるようだから、もしかしたらその人に追いつけるかもしれないとの思いで足を進める。
先行者とはブナクラ谷から右へ赤谷山へとショートカットする谷の少し上部で追いついた。体調が万全なら迷わずその谷を辿っていただろう。追いついたその方と話をしていたら、先日大熊山山頂から見ていた早乙女へと向かっていた人だとわかった。大日まで行ったが誰にも逢わなかったとのこと。
その人は赤谷山を目指し登っていった。自分としては時間も遅く、なにより体調がいつ悪化するともかぎらないので、そこから下山することとした。上天気ではあったが、なんの悔いもなく、かえってすがすがしい思いで雪渓下りを楽しめたのは自分でも意外であった。
白萩川車止め起点 ブナクラ谷1400まで3時間 下り2時間
この時期恒例の大熊山。
今年は尾根筋の雪解けが早く、もしかしたらお目当てのあの花が咲いているかもしれないと期待して出かけた。
山は薄く霞がかっているが、そのうち晴れてくるだろうと思って小又橋から歩きはじめる。取付きの尾根はすでに早春の頃を過ぎている。イワウチワが道の両脇に咲きほころんで、主稜線まで楽しませてくれる。はたしてあの花はどの辺だったろうと探しながらいくと、突然その真っ白な一群が目に飛び込んできた。やはり例年より開花時期が早いようだ。だが、少しずつ株が小さく少なくなってきている。不思議なことにこの尾根でこの花が見られるのはこの場所だけだ。あとはいくら探しても見つからない。尾根から外れた周辺の斜面を探したら見つかるかもしれない。とりあえず目的の花に出会えて一満足。
雪は主稜線直前になってようやく出てくる。案の定、少しずつガスが消えはじめ周辺の山々がくっきり見えるようになってくる。雪を拾って稜線歩きを楽しんでいると、先行者に追いつく。それからあれやこれや話をしながら歩いていると、いつのまにか山頂台地に着いてしまった。
山頂に立つと雲が湧いたり消えたりして、流れ行く雲間から覗く剱や大日の雄姿にしばし見とれる。コット谷に目をやると、山ノ神尾根の取付きは雪が付いている。コット谷のコルから上部の尾根を見やると、単独行者が早乙女に向かっているのが視認できた。大日まで行くのだろうか。
山頂での眺望を十二分に楽しんで、お逢いした人に別れを告げ、独り下りにかかった。
小又橋起点 登り3時間 山頂30分 下り2時間
先日見たサクラがあまりにも印象的だったので、好天が続いているうちにもう一度サクラを堪能しておきたいと思って出かけた。
前回よりは撮影に時間をかけ、じっくりとサクラを見ながら馬場島へと向かう。往路、復路ともサクラ三昧の一日だった。だが、ゲートまで戻ってきて、なごりの剱を撮影した後、道端のコゴミに目がいってしまった。家に帰って荷物を車から出していると三脚がないことに気付いた。コゴミを採って満足していたら、三脚のことをすっかり忘れてしまっていたようだ。再び伊折へのゲートまで車を走らせ、現場付近を捜したが、三脚はなかった。後味の悪いお花見となってしまった。
伊折ゲート起点 馬場島まで往復6時間30分
下界のサクラがあっりと終わったので、山の方はどうなているのか気になって出かけた。
これまで幾度となく通ってきた道だが、こんなにもたくさんのサクラの木があったことに全く気付いていなかった。馬場島に至る道路際はもちろん、その山際、早月川を挟んだ対岸の山肌のあちこちにサクラが咲いている。木々の芽吹きが始まった山にサクラが彩りを加え、早月の流れは雪代をたたえて勢いを増し、正面には雪と岩の剱が青空を背景に映えている。道の脇にはキクザキイチゲが咲き乱れ、沢に入れば、ワサビの葉が光り、倒木にはエノキがついている。春の躍動を全身で感じてきた一日だった。
伊折ゲート起点 中山まで 往復7時間
ここ数日、一カ月近く季節が前倒しになったGWのような陽気が続く、今のうちにと向かったのは土倉山。これまで何回かこの山を目指したが、青空の下の剱はまだ拝めていない。今日こそはと気合いを入れて家を出た。
土倉山へと向かう道路にはまだ雪が残っていたので、伊折橋手前の路肩に車を止めて出発。朝の冷え込みがきつく雪が凍っていたので、アイゼンを履いていく。しばらく歩き道路が南北になるところで雪が切れていたので、アイゼンを脱ぐ。しばらくして、また雪が出てきて、アイゼン。そしてまた雪が切れ、アイゼンを外す。取り付きの斜面が見えるカーブを過ぎてようやく雪べったりとなる。
取り付き尾根は雪は完全になくなり、むしろ乾いている感さえある。昨年の4月14日に来た時も雪は無かったが、これほどまでは乾いていなかった。雪の上に乗ったのは800からで、それまでは刈り上げられた夏道を行く、これも昨年と同じ。つぼ足でしばらく進むも、締まった雪は歩きづらいのでアイゼンを装着。ここ数日に通ったと思われるトレースを追って高度を稼ぐ。
稜線に出て飛び込んで来る毛勝から剱までの大パノラマは圧巻だ。山頂までは電車道のようなトレースが付いていた。ようやく快晴の下の剱にご対面とあいなった。
これで一満足だが、来年はテントを担いで稜線で泊り、夜明けの剱を狙いたいとの思いで下りにかかった。
取り付き尾根起点 山頂まで2時間15分(撮影時間10分)、山頂20分
下り 1時間30分
今年の花粉症は、水道管が破裂するほどの極寒の冬のせいか、いつもより症状が出るのが遅かったが、お彼岸ごろから急に気温が上がり始めると、一気に杉花粉が飛散し始め、それに伴って体も反応し始めると、数年来覚えのないくらいの辛い日々。体調も運気も絶不調、体重も2キロは痩せた。そんな中、群馬から帰省して、体調を整えるべく選んだのがいつもの千石城山。
笠尻山の取り付き尾根は雪解けが進んで、すっかり夏道が出ている。雪が出てくるのは一登りして、平たんになったあたりから。3本目の鉄柱から鞍部目指して下るが、この斜面は全く雪が付いておらず、とんだ藪漕ぎを強いられた。まさか、これほどまでに雪解けが進んでいるとは思っていなかったので、機先を制せられた感じ。猛烈な藪漕ぎ。鞍部に降り立ってからも、藪のなかの雪を拾って右往左往、アップダウンの繰り返しで思うように進まない。
目指した中間地点の楽園まで1時間30分、かなりバテバテ、大休止。そこからは雪も多くなってきたが、稜線上は藪となっている。はやり雪を拾ってのアップダウンを強いられ、最後の千石城山への一登りも藪だった。
ド快晴のもと、剱が鎮座する。気温も上昇し、誰も居ない山頂で裸になって汗を拭いた。裸になったのには訳がある。昨年の春、大猫山でのちょっとした藪漕ぎでマダニに取り付かれたことを思い出したからだ。気温が20度を超え、五月のような陽気となれば、マダニを警戒してもおかしくはない。汗を拭きながら、後ろ前、ズボンの中も入り込んでいないか入念に調べた。
一服してから、もと来た道を引き返す、笠尻へのあの藪の登りのことを思うと憂鬱でたまらなかった。
笠尻山登山口起点 楽園まで1時間30分、千石城山まで1時間20分
下り 2時間30分
久しぶりの山歩きはやはり気になる剱のふところへ。体もなまっていて山登りが出来る状態ではなく、いつもの道を歩いてきた。
朝かなり早く家を出たつもりだったが、たちまち空が明るくなってきて、撮影条件の見定めが難しかった。ゾロメキを過ぎての撮影ポイントまで一気に進んでいけばよかったのだが、その手前でたびたび変化する剱の表情に気を取られてしまい、そのたびカメラを出していた。きょうこそはと、イメージしていた写真を期待していたのだが、道草をくっていたせいで、今回もタイミングが合わなかった。
それだから、白萩川のビューポイントに着いたときはすでに遅し。意図していた条件には程遠かった。
まだ雪はたっぷりと残るが、光は確実に春の訪れを告げていた。
伊折から白萩川のビューポイントまで往復6時間30分。撮影時間1時間30分ほど。
好天だが、昼から行く山とならば、行く場所は限られる。家を出て、なんの迷いもなく種の集落へと向かう。
いつもの通り、道路際に車を止め、山に入っていく。しばらくはトレースがなく一人ラッセルを楽しむ。城ケ平山からの分岐に出てからは、電車道のようなトレースがついていた。城ケ平山経由の方がメジャーのようだ。山頂に着いたときは二組のパーティーが帰り仕度をしていた。
この山のよいところは、もちろん剱の眺めがよいのもあるが、坪庭のような種地区を俯瞰できるのも気に入っている。剱と種集落、双方の眺めが相乗効果となって、登山者の目を楽しませてくれる。
小屋脇の車止め起点 登り1時間 下り30分
曇り空ではあったが剱は見えている。正月に溜まったゴミ出しをしてから山へと向かった。
上市の中心部といくらも離れていないのに、伊折は深い雪に覆われていて、まるで別世界のようだ。越年登山者の車は一台も残っていない。
県警の雪上車の轍をスノーシューでいく。あまり期待はしていなかったのだが、次第に雲が切れてきて、日も射してくるという絶好のトレッキング日和となった。こうなったら馬場島まで行くしかないだろう。トレースがあれば中山でも登ってくるか、と欲が出る。
雪上車の轍はとても歩きやすい。次々と変化する周囲の景色を楽しみながら、まずはいつもの定点観察地点まで。そこから馬場島までは目と鼻の先。途中、期待していた中山へのトレースはなかったので、あっさりあきらめ、馬場島に向かう。白萩川へと向かう林道に積もった雪には薄らとトレースが残る。
パンを頬張ってから帰路に着くと、派出所から警備隊の人が出てきて、一言二言話をした。年末年始に本峰まで達したのは1パーティーのみだったらしい。ところが、まだ山に入っているパーティーがあるという。12月24日に宇奈月から入って、今現在毛勝付近にいるという。予定では12日に下山となっている。なんとも凄い猛者がいるものだ。はたして彼らは剱本峰まで達することができるのだろうか、彼らが無事下山するまで警備隊は馬場島に詰めている。それまで気が抜けない勤務だ。そして警備隊が山を下りてしまえば、雪上車はどこかに止め置かれ、轍もかき消えてしまい、越中のトレッキング街道はしばらく静寂さに包まれることになる。
伊折集落起点 行動時間5時間30分
越年登山をやらなくなって久しく、今年も体をもてあまし気味の歳の瀬。来年こそは何かにチャレンジしようと意味もない時間をだらだらと過ごしていた。しかし、それではいかんと思い、今できることはすぐに着手しようと思って、晴れようが雪が降ろうが、まず現場に行ってみることにした。
まだ暗いうちに伊折橋右岸の除雪してある作業用林道の車止めまで入る。ヘッデンを着けての準備は久しぶり。スノーシューを履き終えるころになって周囲の山々の様子が見えてきた。高曇りの中、剱もうっすらと見える。日の出間際の淡いピンク色に染まった雲を背景に浮かび上がる剱のシルエットを待ってもよかったのだが、それを待っていると何時になるかわからないので、歩き始めることにした。
二日前のものと思われるスキーヤーのトレースを辿って取り付きまで。トレースは正面の杉の植林帯へと向かっているが、やわしそうなので、少し右に回り込んだ末端尾根から取り付くことにした。
急な登りを行くとすぐにスキーヤーのトレースに合流。二日間で雪がいくらか積もったが、トレースがうっすらと残っている。そのトレースも900ぐらいからあやしくなり、1000までくると完全に消えてしまった。曇り空ではあるが、剱と大日を見やりながら、先を急ぐ。
尾根の形状から、登るごとに剱は見え隠れする。西からあやしい雲が接近してくるのが見てとれる。剱が雲に覆われるのは時間の問題だ。ここでカメラを出して撮るという手もあったが、もしかしたら、山頂に着くまでは視界が確保できるだろうとの淡い期待があって、時間がもったいなく、立ち止まらずに先を行くことにした。
剱といえば、越年登山のため早月尾根から入山したパーティーのことが頭をよぎる。明日から悪天候が予想され、アタックするとしたら今日しかない。今日の天候からすれば、早月小屋付近からアタックに出たパーティーもまた時間との戦いを強いられていることだろう。視界が効くうちに、吹雪にならないうちに安全地帯まで降りていなければならないとなると、タイムリミットの見極めが難しい。
それにしても、1000からの登りが長い。歩いても歩いてもまだかまだかと思われるくらい長い。1400に満たない山なのに、気持ちが折れそうになる。剱が一端視界から消えると、あとはひたすらラッセルあるのみ。主稜線に出た時、はたして剱は見えているのだろうか、剱は無理だとしても、毛勝の山々はどうだろうか、その一心で高度を稼ぐ。
そして、待望の主稜線。残念ながら、剱は上半分灰色の雲に覆われてしまっていた。僧ヶ岳から毛勝の山々はかろうじて臨める程度。剱の全貌とまではいかないが、あやしい雲に覆われた剱が今年の撮り収めとなった。
車止め起点 取り付きまで40分 山頂まで3時間30分 取り付きまで1時間20分 車止めまで40分
絶好の登山日和だが、家を出たのがかなり遅い時間で、これではどこも登れないと思いながらも、いつものようにとりあえず伊折を目指す。
伊折までくると雪は深い、80センチは積もっている。前回はゲートまで車が入ったが、今回はさすがに無理。伊折集落から歩く。新雪でふかふかの雪はスノーシューでも膝上までもぐる。こんな上天気に誰も入っていないのは驚きだが、新雪を独り占め出来る気分はなんともいえない。車ならものの5分もかからないゲートまでの1.5キロ、一人ラッセルだと2時間かかる。それでも、真っ青な青空をバックに白い鎧をまとった剱と神々しい周辺の山々を眺めながらのトレッキングはとても気分がよい。ときより道路脇の杉林で視界が途絶えるが、そのつど現れる山々はいくら見ていても見あきることはない。冬の晴れ間、越中のトレッキング街道の真骨頂はここにある。
ゲートの向こう側には県警の雪上が雪に埋もれていた。それを見やってさらに先へ進む。ゲートからさらに30分、大熊谷に差し掛かる手前のカーブの見晴らしのよいところで今日の行動を打ち切った。
整地をして三脚を立て、シャッターを押しまくる。一番の収穫はここまで来ないと見られない赤谷山から大窓へと続く稜線。本当に真っ白な稜線と山肌に目が釘付けとなる。
ここから馬場島まで歩くとなると、一日仕事だろう。重荷を背負ってならば、なお大変だ。そして、馬場島からはさらに厳しい試練が待っている。
伊折集落起点大熊谷出合い手前まで往復 4時間30分
体調に自信が持てなくなってからは一人で山に入ることが多く、仲間と行動を共にする機会はめったにない。それでも救助訓練だけはみんなと意識を共有しておく必要があり、機会があればなるべく参加するようにしている。今回もその一端。
経験則からではなく、雪の状態をテストして科学的に雪崩の危険度を測る。次にビーコン探査。最後にビニールシートを使っての負傷者搬送。手順を一つ一つ再確認しながら、あやふやな記憶を覚醒させる。訓練でやってないことは現場で出来るはずもなく、仲間のためにも自分のためにも定期的な訓練は必要だろう。
朝早く目が覚めたのでネット閲覧がてらGPVで天気の様子をみていたら9〜10時ごろから雲が切れて晴れ間がのぞいてきそうだった。実際7時ごろ食事をしているころはまだ剱方面は分厚い雲に覆われていた。それが、飯を食べて一服している最中に急速に空が明るくなってきた。外に出てみると西から青空が広がり始め剱周辺の雲もすっかり上がっていた。これは行かなくてなるまいと思い、遅い時間ではあったが、伊折へと向かった。
時間も遅いので、折戸トンネル過ぎの凍結した下り坂の心配はない。伊折集落までは完全に雪は融けている。そこからゲートまで除雪はしないが、轍が残っていたのでその跡を辿って車でゲートまで入ることにした。ゲート付近は膝下までの積雪があり、轍はゲートの向こうへと続いていた。おそらく県警の車が雪上車を止めてある地点まで向かったのであろう。伊折から馬場島まで、この雪上車の圧雪のおかげでずいぶん歩きが楽になる。正月までは降雪後に動いてくれているので、年末年始に剱方面に向かう登山者にとっては大変ありがたい。
山に入るには遅い時間だし、スノーシューも積んでこなかったこともあって、ゲートから先は進まず、青空をバックに雪煙を上げる剱の表情を目とカメラに焼き付けるにとどめた。
それから車を返して、ハゲ山を目指し種の集落に向かった。
いつものとおり、道路沿いの建屋の近くに車を止めて歩きだす。30分そこそこで山頂に到着。剱それ自体の眺めはもちろん最高だが、眼下の種の盆地を手前に見て、その奥にそびえる剱と対になった風景がまた一段と奥行きを感じさせ、とてもよい。
ハゲ山は本当に近くてよい山だ。
伊折のゲートが閉じられ、いよいよ越中のトレッキング街道の季節がやってきた。
伊折から馬場島まで、そして剱を眺めながらのその周辺の山々へのトレッキングは本場エベレスト街道にも決して引けをとらない。難点があるとすれば、冬の期間、3月まで晴れの日が少なく、仕事の都合と合わせて歩ける日が限られるという点か。今日も独り、誰も来ない静かな山を歩いてきた。
馬場島まで道路は雪が融けていた。馬場島間近になって路面が凍っている個所がある。馬場島の積雪は10センチくらい。白萩林道にはうっすらとトレースが残っている。伊折付近で、例年にはあまり見ないキツネを数匹みかけた。
ゲート起点 白萩林道の撮影地点まで 行動時間5時間
前回9月に登ったときはあいにくの曇り空で、展望はかなわなかった。
かみさんが、別の登山口から登ってみたいというので同行することにした。
登山口までは遠い。馬場島の方が近いと思わせるほど車で奥に入る。道が曲がりくねっているのも遠く感じさせる要因と思われる。
登山口に着いたのは10時半近く。先客の車が一台止まっていた。
最初は平たんな杉林の中を行くが、すぐに急登の尾根となる。赤土でぬるぬるした道は誠に歩きにくい。急登のほぼ全体に取り付けてあるトラロープを頼りに登っていく。杉林と藪のような雑木の中にある道はあまり面白みがない、ひたすら上を目指して登るのみ。そして、登り始めてからちょうど1時間、期待していた展望の山頂に立った。剱の眺めはまぁまぁといったところ。同じ低山なら、もっと楽に登れる上市の茗荷谷山やハゲ山からの方がよいと感じた。
長倉登山口起点 登り1時間 山頂30分 下り1時間
今年に入って春から5度目の大猫山。
圧倒的な剱岳の威圧感や迫力を感じるなら大熊山かクズバ山が一番だが、剱岳を中心とする山々とのバランスを堪能するにはこの大猫の尾根が勝っていると思う。
なんとか日が稜線から出てしまう前にと、取り付きからの急登を駆け上がる。藪が少しだけ開ける1100から1200まで後ろを振り返りながら行く。まもなく日が出るであろうという頃あいと三脚を立てることが出来る斜面との見極めが難しい。もう30分早く出ていれば焦ることはなかったのだが、この辺が限度とみてザックを下ろした。だが、なかなか日が上がってこない。もう少し上まで行く時間があったようだ。そうすれば、もっと奥行きのある写真が撮れていただろう。どうしても木々と藪が邪魔をする。
日が出始めてきたのでカメラを仕舞い、山頂を目指すことにした。大猫平まではゆっくりながらも息が上がることはなかったが、最後の稜線上部から足が重くなり、主稜線に出てからは体も重く、一気にペースダウン。お地蔵さんの小ピークでは、もう止めようと思ったくらい。それでも、タイムリミットと定めた11時まではまだ少しあるので、時間までくるぶし位までの雪の稜線を進むことにした。
雲ひとつない快晴。遠くは白山まで見渡せる。標高こそ2100そこそこだが、苦しさから言えば2400の大日岳よりきつい山だと感じた。
登山口起点:登り4時間20分(撮影時間30分含む) 山頂25分
下り2時間30分
体育の日を絡めた連休は仕事を入れて、その後の好天をみはからって弥陀ヶ原の紅葉でも見に行こうと算段していたが、なかなか仕事と天候との折り合いがつかず今日になってしまった。さすがに、弥陀ヶ原の紅葉は終わっているだろう。どこまで、紅葉が降りてきているかを確かめるべく材木坂から歩くことにした。
美女平から臨む対岸の大辻山周辺は山全体が色づいている。ブナ坂では黄色から黄金色に染まるブナやモミジに目を奪われる。今年は赤より黄色がうまく染まっているようだ。ナメコも順調に出始めており、人も少なくなる楽しみな時期到来といったところ。
同行者 T君
明星西壁風ルートは2013年11月2日以来。本チャンは同じく西壁竜ルート2014年5月17日以来。岩に触れるのは今年5月の雑穀以来。このルートの残置ピンは古いものが多く、遠いものもみられ、おもいきった登り方ができないので、そのリボルトを考えていた。ペツルのアンカーやもろもろの装備を整え、ようやく迎えた今日だった。だが、連日の雨で壁からは染み出しがみられ、登ることすらままならず、リボルト作業ははかどらなかった。
本チャンに備え少しでもクライミング感覚を維持しようと、今年夏からクライミングジムに通い始めたが、実際の岩壁は手強かった。足の使い方が全くわからず、アブミに頼ってしまい、あげくのはては強引に引き上げてもらう始末。
待ち合わせの時刻になっても相棒は来ない。メールで、天候が怪しく、大丈夫だろうか、とスカポンタンなことを言ってくる。すっきりとはしない天気だが、だいぶ遅れてきたTを乗せて高速を利用して目的地に向かった。
小滝川沿いの林道には車が一台止まっている。はたして、我々と同じく西壁に向かっているのか、はたまたキノコ目当てなのか。リボルトに使うハンマードリル、そのバッテリー、アンカーボルト、登攀具を詰め込めこんだずっしりと重いザックを背にして、西壁へと向かう。取り付きまで、ゆっくりあるいて1時間弱。
左の竜ルートに男女二人の組が取り付つこうとしていた。我々が目指す風ルートは染み出しがあって、一目でフリーでは無理とわかる。リボルト作業をどう進めるか段取りを話し合う。結局、下からのプッシュアップではなく、上から懸垂しての作業と決める。
まず、セルフビレイ用にとTが用意したアルミ製のペツルブリーユをセットする。ボルトはオールアンカー。思いのほか軽く入ったが、ナットはきつく締まったので効いているだろう。
1ピッチ T リード
本来のルートの濡れているところを避けて、一旦右の階段状から登りだす。表面は乾いているように見えても、岩のくぼみやクラックに指を突っ込むとヌメっていて、決してよい状態とは言えない。Tはフリーで行こうとするがかなり難渋している。A0、アブミを使って慎重に登っていく。5ピン目ぐらいだったろうか、次のピンまでがちょっと遠い。そこでハングすること1時間強。ようやく意を決して越していった。自分の過去二回の経験からは、そんなに手こずったとは思えないのだが。岩が見えていないようだった。Tは力強いムーブを得意とするが、安全が確保されてない場合は決して無理はしない慎重派でもある。そこを超えるとハング下の1ピッチ目の終了点はすぐだ。この間、何回も上から落石が降って来た。幸いハング下なので直撃は避けられた。岩から離れたところからビレイしてなくてよかった。
次は自分がフォローする番。ハンマードリルなどのリボルト装備を入れたザックを補助ロープで引き上げることにして、そのロープをバックロープにして登りだす。
だが、フリーで行こうという思いは一気に砕かれる。足で岩を支えるというか、蹴るというか、岩に立つという感覚がまったく沸いてこない。腕だけに頼ってしまうものだから、フリーなど程遠い。結局アブミを出して、Tが難渋したところも無理やり引っ張り上げてもらって、なんとかビレイ点まで辿りつく。
ビレイ点にはしっかりとしたRCCボルトが2本。その上にはさびたリングボルト3本に残置シュリンゲが幾本もぐるぐる巻きにしてある。ロープマンを使って下のザックを引き上げる。Tの意向で、懸垂用に、またトップロープとしも利用できるラペルリング付鎖を取り付けることにする。まず、ブリーユハンガーを打ちこむ。一本目は成功。2本目、穴を穿とうと2回トライしたが2回とも穴の周りが欠けてくる。変だなと思って、ドリルの先端を見ると、刃が無くなって摩耗していた。そこで、ステンレスクールボルトに切り替えることにした。ブリーユ用オールアンカーとはドリルの径が異なる。新たにドリルをセットして、穴を穿つ。一発目で成功。クールボルトを叩き込む手ごたえもオールアンカーよりはるかにある。結果的には、ブリーユ2枚よりもよかったかもしれない。ラペルリング付きチェーンを2個のハンガーにセットして今日の作業は終了。古臭いむさったシュリンゲを処理して後、セットしたラペルリングで懸垂して取付きに戻った。
ペツルアンカーは初めての経験だったので、試行錯誤の第一回目のリボルト作業となった。要領がわかったので、次回はルートの古くてさびたリングボルトの打ち直しができるだろう。ちゃんと乾いた日を待って行こう。
私が下でビレイしている間に、竜ルートを終えた組が懸垂で降りてきた。その人から「今更リボルトする必要なんてあるの」と聞かれたので「安全のため」とだけ答えた。
過去2回の記録:
心の中を吹き抜ける風 明星西壁・風ルート(またもや敗退) 2013/11/2
明星西壁・風ルート 下部2ピッチ 2013/6/16
仕事を午前中に切り上げ、とある山へと車を走らせた。
山に入ってすぐ、道の脇にひらひらとした一株のキノコが目に入った。もしやと思ったが、採ってみると馥郁としたキノコ。まさかこんなところに生えているとは考えてもいなかっただけに、ただただ驚きと感動でいっぱいだった。これまで、山に入るたびにそれらしき木の根元をさぐっていたが、一向にみつからなかったのに、出逢うときはあっけないもんだと思った。
絶対の確信はあったが、念のため中央植物園のキノコ博士に鑑定してもらい、お墨付きをもらった。しかも状態もよく、上物とのこと。それにしても、あんな道の脇、誰にもみつからなかったのが不思議でたまらない。
体育の日前後はよい天気となり秋山日和だったが、仕事を入れてしまった。連休明けに弥陀ヶ原に出かけようと算段していたのに、あいにくの雨。仕事はいつでもできるが、絶好の紅葉日和はそんなにあるものではない。残念だがまた来年に持ち越しだ。雨が上がった翌日、早月の紅葉はどこまで進んでいるのだろうかと、出かけたのであった。
天気予報では曇りから晴れ間ものぞく、とのことであったが、現地に着いてみると山はどっぷりと雲につかっている。おそらく連休中には混んでいたであろう馬場島の駐車場は閑散としている。寂しげな雰囲気がそこはかとなく漂っている。
カッパを被るまでもないほどの霧雨が巻く早月尾根をあてもなくポツポツと歩きだす。周辺の山々もガスの中。松尾平の木々は紅葉とまではいかないが、こころなしか色があせているように見える。1600のベンチに着くと、さーっと風が吹いて、ガスが切れ始め、周囲の山々が見えてきた。そこには晴れた日の鮮やかな紅葉とは違った、しっとりとした趣のある秋の山があった。
朝、床の中で考えことをしていたら、いつのまにか日が昇ってしまっていた。
そこで手ごろな大辻山に向かうことにした。山はまだ緑だが、こころなしか低い陽ざしに照らされた木々の葉は、なんとなく盛夏とは違う色合いに映る。秋の始まりの中にも、まだ夏が残っている、そんな頃合いなのだろう。