はんごんたん処方箋

富山オリジナル  パナワン

富山オリジナル  エッセン

足跡掲示板

  • センダ様、発作時の辛さよくわかります。アブレーション技術は目まぐるしく進歩しています。そろそろ自分もと思うのですが、ななかな踏ん切りがつきません。なにせ、なんともないとこきはすこぶる快調なのですから。お大事になさってください。 ( panawang - 2018.09.27 17:45 )
  • 私も心臓の具合悪いです、疲れると(ストレス、暑い夏)心臓が悲鳴を上げます、不整脈と息苦しさ、胸の違和感を感じます。 ( センダカツミ - 2018.09.16 10:08 )
  • Repuさん、ありがとうございます。おかげさまで、発作は収まりまして、軽快に過ごしています。ただ、寝てばかりいたせいか、筋肉がすっかり落ちてしまい、目下復調に向け励んでいます。また、雑穀でお会いしましょう。 ( panawang - 2017.06.16 17:39 )
  • 救急搬送され、その後の経過はいかがでしょうか?決して無理されませんように。 いつも美しい写真、楽しませていただき、ありがとうございます! ( Repu - 2017.06.15 21:59 )
  • float cloudさん、コメントありがとうございます。返事遅くなりました。すみません。過分なおほめを頂き、こそばゆいです。つたない文章ですが、書くことによって、自分の考えをまとめようと努めています。当HPに辿りついていただきありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 ( panawang - 2016.05.15 19:44 )

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Help にゃ〜ん♪
投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-6-3 20:34:20 (355 ヒット)

同行者 Y
登山靴で遡行

三枚滝どん詰まりの大滝手前、左手スラブ帯を詰めてから、樹林帯を高巻きルートとする。一旦小沢に降り立ち、もう一尾根越えて緩やかな本谷に出た。

前回下から見た人工物は滝を利用した取水堰堤に架かる橋だった。いよいよこれから雑穀谷遡行の始まり。しかし、毎回この大高巻きをやらねばならないのかと思うと気が重くなった。

と、とぼとぼ歩いていると、なんと釣師がいるではないか。向こうも驚いたようだが、こっちはもっと驚いた。我々がこんなに苦労して越えてきた滝場なのに、なんで釣師がひょうひょうと歩いているのか。その人から入渓経路を聞いて納得。次回からの遡行に希望が持てた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-6-1 19:54:27 (360 ヒット)

このときはまだズック。

先が見えない沢は興味深々。はやる気持ちで先を急ぐ。滝場は天候のせいか意外と明るい。だが、どん詰まりの滝は想像を超えていた。左手のスラブ帯に登り、滝全体を観察して唖然とする。橋らしきものがそこに架かっていた。いったいこれは???


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-5-30 18:47:01 (343 ヒット)

雑穀谷の岩トレに通うち、この谷の向こうには何があるのだろうか、ひとつ探ってみようかと思うようになった。

最初はズック、次は登山靴、そしてタビ、と段々沢登りらしくなってくる。ゴルジュ帯の突破こそ叶わなかったが、様々な思い出の残る谷である。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-5-25 18:09:14 (361 ヒット)

かみさんと初めて行った山。
二人とも若かった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-5-22 18:31:39 (341 ヒット)

このときはまだ片貝川南又林道が通行可能だった。
現在は洞杉保護のため、南又に入るなりすぐにゲートが設置され、猫又谷まではかなりのアルバイトを要するようになった。

北方稜線最後に残された山。

晴れのち山はくもり、冷え込む。

南又林道が残雪で閉ざされていたら海釣りにでも出かけようと考えながら車を走らせる。はたして、車は入った。取水口すぐ手前の赤い新土倉橋を渡ったところで車を捨てる。寒気が入り込んだのか、放射冷却のせいなのか、かなり冷え込んでいる。4月以来一番の寒さだ。セメント道路の上に流れ出た雪渓の融けた水がガラスのように凍っている。林道上の残雪も硬く難儀する。歩き始めてから南又の雪渓に降り立つまでたっぷり1時間。それから二俣までが1時間。

去年猫又山の帰りに下ってきた左俣を登る。ところどころ、昨日か一昨日のものと思われるスキーヤーの跡が残る。1850を過ぎるとトレースは全くない。よく締まった一面のバーンなのだが不思議だ。アイゼンもよく効くがふくらはぎに負担がかかり、つりそうになる。コルまで雪は切れずに着いていた。

コルに出ると風が強い。近々に降った雪のせいなのか、稜線の雪は純白に輝いている。左手の釜谷山へと続く稜線はなんとたおやかなのだろう。その白き稜線を踏みしめて山頂に達する。



投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-5-14 20:28:08 (388 ヒット)

休憩を含めたコースタイム




同行者 H

北方稜線を歩きたくてブナクラ谷から入山した。二日目、三ノ窓までは順調だったが、そこから先が急転直下、大変なことになった。
会心の山とは正反対の痛恨の山となった。

5/2 晴れ ブナクラ谷〜赤ハゲ山
目的が北方稜線踏破なので、赤谷尾根は選択肢になく、ブナクラ谷から入った。赤ハゲ山頂でテン張る。

5/3 うす曇り後雪 赤ハゲ山〜池ノ谷乗越し
天気はまぁまぁ、気になるのは本峰にかかる雲。明日は天気が崩れそうなので、少しでも先に進むべく、5時過ぎに出発。核心部と想像していた池平山もなんなく越え、最後だけ懸垂一回で小窓に降り立つ。

15時に三ノ窓に到着。ここで明日の悪天のことを考えると、このまま池ノ谷を下ってしまおうかとも思った。安全圏の二股までなら一投足だ。しかし、剱を踏んでこその北方稜線。下ってしまえという甘い誘惑を振り切って、予定通り本峰を目指すことにした。そうなれば、あとは今日の行動。ここでテン場るか、池ノ谷乗越までテントを上げるかである。三ノ窓にはすでに数パーティーのテントがある。明日朝渋滞になることも予想されたため、今日中に池ノ谷ガリーを詰めておくことにした。

ところが、この最終ピッチ終了後に私の体調が急変した。Hが上がってくるのを待つこと10分、私の呼吸はあがったままだった。Hも相当参っている様子。テントの設営に手間取るほど疲れきってしまって、最後は二人とも転がるようにしてテントに入った。

とにかく急いでお茶を沸かし、がぶがぶ飲む。そのうちHは回復してきたが、私の方は熱がでてきて、悪寒が走り、震えまで加わった。ほんの1時間前、三ノ窓にいたときには全くなんとも無かったのに、その急変が信じられない。高山病の症状なのか、風邪なのか、原因は分からないが、急に弱気になってきて、ここまでテントを上げたことを後悔し始めた。

ふり返ってみれば、きょう一日、三ノ窓までの行程は予想していた以上にきつかった。アップダウンの連続で息が切れ、水ばかり飲んでいた。これまでやって来た八ツ峰や小窓尾根以上の体力を要した気がする。休憩も15分以上とらないと休んだ気がしなかった。その間、行動食はあめ玉が中心で、数片のバナナチップとわずかな干しぶどう。

解熱剤をのむと、いくらか気分が楽になってきたので、無理やりカレーを流し込んだ。シュラフに潜り込んでも熱気と悪寒と震えは収まらなかった。断続的に咳も出る。予想通り、20時過ぎから天候が荒れだし、次第に風雪が激しくなってきた。やはり、三ノ窓に留まるべきであったか、あるいは二股まで下っておくべきだったか、私はいよいよ不安になってきた。

もしかしたら自力下山は無理ではないかと真剣に考えはじめていた。仮に明日一日停滞して、のちに天候が回復したとしても、雪が多く積もり、登るにしても下るにしても雪崩を誘発してしまうのではないか。そうなると雪が安定するまで動かない方がよいのか。はたまた、自分の体調がさらに悪化したら、どうにも身動きがとれなくなるのではないか。あげくの果ては県警への救助要請・・・。マイナス思考で頭がいっぱい。ここで私は山を放棄し、Hに以後の判断を任せた。

5/4 雪のち強風みぞれ後晴れ後再び強風みぞれ 
池ノ谷乗越〜剱岳本俸〜平蔵のコル〜剱沢〜御前小屋

長い一日が始まった。この日は本当にいろんなことが起こった。
雪が降っているので明るくなってから起き出し、とりあえず朝食をとることにした。テントの外は相変わらず風が強く雪模様。視界は100メートルほどもない。Hは早月尾根を下ると決断した。私は悪寒がいくらか引いてきたが、起き上がると頭がふらふらした。「行動中は食事がとれないと思うので、今のうち出来るだけ食べておくように」とHから指示を受ける。
しかし、食欲がまったくない私は一切れのパンとチーズをお湯で流し込むのが精いっぱいであった。解熱剤を飲んでから、あめ玉をほおばり支度にかかった。私はだるいながらも準備を終えたが、Hは妙に手間取っている。彼なりにいろいろ思いめぐらしていたのだろうか、20分はゆうに経過した。

テントから這いだすと、新雪は思ったより深かった。これでは池ノ谷ガリーを下るのは危険である。やはり登るしかない。気温がそれほど低くないのがせめてもの救い。ガスがかかり、視界はよくない。ときより強さを増す雪混じりの風が目に入り顔をそむけたくなる。だが、ハーネスを締め、冷たい空気にさらされているといくらか気力が蘇ってきた。これなら、なんとか行けそうだ。ハーネスの持つ不思議な力を感じた。

昨日までのトレースはもちろん雪に埋まり、本峰への道を見定める。いきなり急な出だしだが、もう後戻りは出来ない。1ピッチ登りきると、やや下り気味の痩せ尾根に出る。新雪に足がすくわれるかもしれなかったので、ロープを出して通過する。長次郎のコルに下りる箇所も1ピッチ長次郎谷側に懸垂し、廻り込むようにしてコルに出た。

コルは吹きだまりになっており、二人用の小さなテントが一張りあった。彼らも進退を決めかねていた。長次郎谷を降りたいらしいのだが、雪崩が心配で躊躇していたのだった。我々は最後の急登を必死で登る。傾斜が緩やかになり、頂上らしき小ピークを二つやり過ごすと、雪に埋もれた社に出た。「よくここまで来れた、来てよかった」と二人して健闘を讃え合う。

頂上付近は一層風が強く、眼鏡に雪が張り付き視界が確保できない。腰を折り雪面に顔をひっつけるようにして、下りへのトレースの痕跡を探して歩く。早月尾根と別山尾根との分岐を示した標識に出た。このときになって初めて勝利を感じた。

あとは標識の方向に下ればよかった。ただ視界が悪いため、あまりに右に寄りすぎて池ノ谷右又に入り込まないようにと注意を払った。一度下ろうとした右のルンゼは急に落ち込んでいてすぐに却下。(実はこれが早月尾根への下りとなるカニのハサミの入り口だった。屈んで歩いていたために地形全体が見えていなかった)自然に傾斜の緩い斜面へと導かれていった。

するとすぐに鎖が目に飛び込んできた。「おやっ?」と思ったが、かまわず鎖に沿ってどんどん下っていった。「カニのハサミはどこへいったのか」と思いながらも、「ルートが変わったに違いない」と本気に思い込んでいた。しかし、ステンレスのごつい梯子とその先のトタン屋根の構造物を目にして、別山尾根に“迷い込んで”しまったことに気付いた。ここで引き返せばよかったのだが、なんかずいぶん降りて来てしまったような気がして、もう登り返す気にはなれなかった。室堂が「おいで、おいで」と呼んでいた。

平蔵のコル。その先には見るからにいやらしそうな小ピークが待ち構えていた。この雪稜は手強そうで、一つ越してもその先が読めない。結局平蔵谷を下り、剱沢をつめることにした。雪崩の危険は十分考えられたが、この方法しか残されていなかったし、頭の中にもなかった。決めた以上、慎重にかつ大胆に下っていき、小一時間で安全圏に達した。この時点で、本日2度目の勝利を確信した。

剱沢に降り立ってしまうとまた少し登り返さねばならないので、少し上部からトラバース気味に進み、剱沢に合流することにした。そのとき私はHの後方20メートルにいた。右手山側でガサッと音がしたかと思うと、椅からテーブル大のブロック雪崩が私に向かって落ちてきた。「わーっ」と叫んだだけで身動きできなかった。それはスローモーションのようにやって来て、あのデカイのが当たらないようにと念じ、瞬間的に背中を向けた。しかし、そのうちのどれかが腰に当たり数メートル流された。そして2発目は左側頭部をかすめた。トラバースなどしないで、平蔵谷を完全に下っておくべきだったのだ。標高を下げるにつれて視界も効き始め、天候も回復してきたので、油断していた。

ここから御前までの登り返しのきつさは覚悟していたが、ここでも思いもよらぬことが待っていた。平蔵谷出合い付近から剱沢の小屋までが遠く、疲労が増すばかり。小屋近くのテント村に着いたときはあと少しと思ったのだが、ここから先が実に長く感じられた。平蔵谷付近での晴れ間はほんの一瞬で、天候は再び悪化しはじめた。雨混じりの冷たい風が吹きつけ、ずぶ濡れになり、寒さはこの上なかった。5歩歩いては息をつき、また5歩歩いてはハァハァと大息をつかないと歩けなかった。強風に持っていかれまいと耐風姿勢をとりながら這うようにして歩くのがやっと。10メートルごとに旗が立ててあるのだが、それを一本一本こなしていくのをノルマとして、最後の力を振り絞って歩いた。そこに小屋があるから頑張れたのだと思う。二人とも小屋に着くなりへたりこんでしまった。もう一歩も歩きたくない、歩けない。

小屋に入ってからも寒かった。Hは唇が紫色になっており、ガタガタ震えていた。すぐに私たちはストーブと炬燵のある談話室に入ったが、Hの震えは収まらなかった。彼はそのうち炬燵に潜り込み寝入ってしまった。1時間ほどたって、二人ともようやく落ち着いてきたころ、食事の時間となった。御馳走が並べられたが、相変わらず食欲のない私には量が多く感じられた。しかし、残すわけにもいかず、流し込むようにして食べた。考えてみれば、きのうの朝以来のまともに摂った食事だった。

5/5 ガス〜晴れ 御前小屋〜室堂

Hは完全に体力を回復していた。私も熱の症状は和らいたようだ。室堂は目と鼻の先。なんの問題もないと思われた。しかし、一歩小屋の外に出てみると、風はいくらか弱まったものの視界は全くない。雪と空間の境目がつかない。完全なホワイトアウト。戸惑いを感じながらも、見当をつけて下っていった。いったいどの辺を歩いているのか皆目わからない。眼鏡に張り付いた雪が邪魔をするため、眼鏡を外した方がなんとなく周りの様子がわかる。

下りるにつれて新雪の量も減り、視界も効き始め、トレースもまばらに出始めた。正面に雷鳥平を認めてようやく胸をなでおろすことができた。本当にこれで終わりだと思った。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-5-8 21:35:02 (404 ヒット)

同行者 YとS

5/1 雪 室堂〜源治郎尾根S字状ルンゼ
御前乗越しから剱沢を下り、源治郎尾根へと向かう。取り付きは尾根の平蔵谷側に見えてくる顕著なS字状ルンゼ。雪が舞う中、ルンゼを詰めるが、次第に雪が激しくなり、台地状の地形にスペースを見つけてテン場とする。

5/2 晴れ 源治郎尾根〜長次郎のコル
昨日とはうって変わっての上天気、稜線に出てから新雪のナイフリッジを行くスリルがたまらなかった。だが、この日、カメラのフィルムを入れ忘れその時の写真がない。長次郎のコルにてテン場る。

5/3 晴れのち雷 長次郎のコル〜池ノ谷〜剱尾根R10〜門の手前
Yはここから別山尾根経由で下山していった。
Sと池ノ谷を下って、剱尾根の取り付きR10を目指す。似たようなルンゼがいくつか出てくるがR10はかなり下ったところにあり、雪もたっぷりついた傾斜も緩やかな幅の広いルンゼだった。コルCからは人工を使ったトラバース気味のピッチも出てくる。そして、いよいよ核心の門。

最初の垂壁を乗越せば氷の着いたランぺ状のフェースに出るのだが、その垂壁の出口で時間をくってしまった。ピンさえあれば思い切って乗越せるのだが、それが無いために思い切ったムーヴができない。あれやこれや考えているうちに、しびれを切らせたSから声がかかり、今日の行動を打ち切った。
門の手前の雪面を整地してツエルトをかぶってビバーク体勢に入った。直後にすさまじい雷が鳴り響き、天候が急転した。

5/4 晴れ 門の手前〜剱尾根の頭〜長次郎のコルのベース
ツエルトから出てみると、ド快晴の澄んだ空。ハーネスも気分も引き締めて門の攻略にかかる。昨日手こずった壁の出口、雪を払ってみると、そこにハーケンが打ってあった。昨日みつからなかったのが不思議なくらい。これで勇気百倍、そのハーケンにランナーをとるとなんなく壁を乗越すことができた。あとは凍ったフェースをダブルアックスで進む。

門を超えるとドームまで一登り。池ノ谷のど真ん中にあるその場所に立ったその時の感動は筆舌に尽くしがたい。核心部を超えた安堵感と充足感に浸りながら、残りの尾根を行く。剱尾根の頭、そして長次郎の頭を踏んでベースに戻った。

5/5 晴れ 長次郎のコルのベース〜早月尾根〜馬場島
フィナーレは剱岳本峰から早月尾根を下る。馬場島に無事下山したときは感無量であった。一つ自分の中の何かがはじけたような気がした。



投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-5-2 20:57:31 (498 ヒット)

同行者 KとS

26年も前になるのか、信じられないほど昔の話だ。

八ツ峰縦走後、小窓尾根を下った。これが初めての小窓尾根との出逢いであった。
その後、小窓尾根を何回か。皆思い出深いものばかり。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-4-30 18:55:44 (321 ヒット)



大猫から猫又までの稜線を秋口にと考えていたが、藪が濃そうなのでそれっきりとなっていた。残雪期なら可能と思い機会を待った。

馬場島から白萩川に向かう林道は、散った桜の花びらがモザイクのように見える。「いつかもこんな時があったな」と思いめぐらせる。最初大猫へ向かう夏道からと思ったが、途中雪が切れていそうなので、稜線に向かう谷から取り付くことにした。

下から見ると小ブナクラ谷は狭く気が乗らなかったので、次の大ブナクラ谷から取り付いた。すぐに左斜面の崩壊地が目に付く。谷にもその残痕が見られる。ここを過ぎてしまえばだんだん谷が開けてきて快適な登りとなる。十分に練習を積んだウグイスの声がこだまする。振り返ると早月尾根の新緑が目に鮮やか。

二股からは左にルートとる。稜線が見えるのだがなかなか遠い。息も切れ切れになり、最後はピッケルの諸手突き。出たところは大猫からやや進んだ地点であった。あとは猫又までの快適な稜線を行く。雪はたっぷり。剱の眺めも超一級。

ブナクラのコルへの下りは最後に来て分かりずらい。ブナクラ谷は終始右岸を行く。連休中、たった一日だったが十分満足のいく山だった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-3-13 16:50:46 (413 ヒット)

S君と行った「不帰」。もっとも思い出深い山行の一つ。

初日 
ゴンドラ、リフトを乗り継いで、丸山まで。唐松谷の下降路に向かうルートの偵察

二日目
唐松沢に降り立ち、トラバース気味にA尾根末端まで。ここでアンザイレン。以後すべてスタカット。第三岩壁基部で時間切れとなりビバーク。リスにハーケンを打ちこんで体を確保し、 狭い雪のテラスに座り込むと、我々は山と完全に一つのものとなった。

三日目 
順調にザイルを延ばし、第四岩壁を越して、A尾根の頭に出る。取り付きから18ピッチ、26時間ぶりにザイルを解いてパートナーと固い握手。唐松岳経由でベースに戻る。テントの中で飲んだ熱い味噌汁がとてもうまかった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-29 18:00:08 (409 ヒット)

この山行も思い出に残る会心の山の一つ。

12月12日に1400メートル地点に荷揚げを済ませ、装備、食糧、燃料、気力とも万全の態勢で臨んだ。

12/29 魚津駅からタクシーで片貝第四発電所まで入る。予定通り導水管から取り付く。1625のコルまで

12/30 オオシラビソの樹林帯を超えると大明神山。この辺から天候が崩れだしコルに着くころには猛吹雪となる。まだ10時を過ぎたばかりで早い時間であるが、ここをC2とした。

12/31 朝起きてみると雪は降り続いている。降雪量は50センチ。いつまでたっても止む気配がないので、吹雪の中を出発した。ラッセルが厳しかったがなんとか魚津高ジャンクションPに到達。視界も悪くここから先毛勝谷側に張り出した雪庇が心配なので、C3とする。

1/1 満点の星空。まだ夜の明けきらぬうちにアタック開始。毛勝南峰までの樹氷のモンスターがすばらしい。自らのトレースを刻んで山頂に立つ。さらに進んで北峰へ。日本晴れのもと、剱から日本海まで360度の景観を堪能する。下山途中でG会のパーティーとすれ違う。西北尾根を下るとのこと。テントを撤収し一気に麓まで降りる。東蔵21時着。民家の電話を借りタクシーを呼んで魚津駅まで。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-26 18:35:41 (369 ヒット)

山を始めてから三年目の冬、憧れの北鎌がやってきた。10月の偵察もこなし、準備万端で臨んだ山行だった。だが、しかし山はやってみなければわからない。予期せぬアクシデントもあったが、結局、山の怖さに負けて帰ってきた。

初日、千天出合いからはやっぱりいやらしかった。『引き返すとしたらもっとヤダな』などと思いながら天上沢左岸のヘツリを繰り返す。予定通り、偵察時と同じくP2への尾根に取り付く。P2にさしかかる肩でテンばる。

二日目、モーレツな風のためP4手前で停止。やっとのこと張り上げたテントだったが、ポールが折れてしまった。

三日目、風はいく分か弱くなり、晴れ間も出てきそうな気配。だが、これから先の長丁場、ポールの折れたテントで耐えられるかどうか不安であった。引き返すなら、この天候の回復時を捉えるべきだ。と、後ろ向きに考え、下山を決めた。皮肉なもので、高瀬ダムまで来るとすっかりよい天気になっていた。

北鎌尾根・偵察 1986/10/10-12








投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-23 18:00:19 (337 ヒット)

2回の偵察を経て、いざ本番。
停滞を含め6日間を要して縦走。この年の春からこのときのために様々な山行をこなしてきた。その成果が実り、充実した一年であった。

















































投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-15 17:47:58 (381 ヒット)

偵察第2回目。9月より1人増え4人に。
雪がうっすらと乗った初冬の稜線を行く。予定通り西穂までトレースする。



投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-10 20:17:15 (317 ヒット)

山を始めて2年目。年末山行は明神東稜〜西穂と決まった。その偵察の一回目。
明神池裏からの入り口が分かりずらい。初日で一気に奥穂まで。奥穂の頂上直下の岩棚でビバーク。雨の夜、仲間は師匠の命令で下の小屋まで酒を調達しにいった。翌日、雨のため西穂をあきらめ、涸沢経由で下山。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-3 17:27:59 (365 ヒット)

年末に行くかもしれない下見を兼ねて槍平に入った。
天気も上々だし、槍まで足を延ばせるかもと期待して取り付いたが、わけあって稜線に出たところで引き返すことになった。結局南岳の頂上すら踏めなかった。

11/23
雪のついてない林道を行く。滝谷出合い付近から雪が少しずつ出始める。
目指す尾根が見えてくると、取り付きはどこかしら、とうかがいながら行く。尾根間近では赤布がちらほら見られる。槍平小屋脇には水が流れていて、ここから先には進まず、テン場とした。

11/24
雪が少し乗った夏道沿いに行く。核心部となるデルタ状岩壁を見極めるのが今回の偵察の目的でもあった。だが、それと思われる岩壁はさほどの物には見えなかった。尾根自体、両脇からの谷がせり上がってきていて、高度感はあまりない。サイコロ岩付近の細尾根で2、3ピッチザイルを出す。以後ノーザイルで小屋の脇まで。冬季小屋の入り口を確認して下山に着いた。

11/25
何事もなく下山




投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-26 18:03:10 (331 ヒット)

年末合宿の下見。テントのサイズを間違えて持ってきてしまい、二人がツェルトに篭ることとなった。天候にも恵まれ、本番への手ごたえを感じて下山してきた。だが、よんどころなき事情により参加できなくなった。以来、行く機会がめぐって来ない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-22 20:31:11 (320 ヒット)

一日目 雪 1800mまで
富山駅発4時50分の「きたぐに」で糸魚川まで。そこから乗り継いで南小谷まで。そしてタクシーで鹿島部落まで入る。
人気ルートだけあって、すでにトレースはばっちり。と思ったが、いくらも行かないうちに先行者に追いつく。総勢30名くらいはいるだろうか。するとそこには深雪のラッセルが待っていた。雪は深いところで腰以上。他のパーティーと協力し合ってラッセルをするが、パーティーによって「ラッセル力」にかなり差がある。最後尾につくと体が冷えてきて寒さがこたえる。ラッセルしていた方がまだましだ。

二日目 雪 1950mまで
50名は超えると思われる人数で、ラッセル待ちが初日より長くなる。ところによって背丈以上の積雪。
12時頃、なんとか初日の予定地であった1950地点に達し、テントを設営した。

三日目 晴れ 爺ヶ岳アタック〜下山
下見で踏査していた鹿島槍〜赤岩尾根はあきらめ、爺ヶ岳までのアタックに切り替えた。
天候も回復し、願ってもないアタック日和。4時間で爺ヶ岳に達し、360度の展望を満喫して下山。
新雪、深雪の下りは最高に気持ちがいい。テン場からは、二日間かけて登ってきたところを2時間で降りてしまった。

同行者5名



投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-21 20:11:05 (370 ヒット)

年末合宿は爺ヶ岳〜鹿島槍。その下降路となる赤岩尾根の偵察に出かけた。


















投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-21 6:39:22 (445 ヒット)

偵察、荷揚げを済ませ、雑穀の岩場でアイゼン訓練もこなして、万全を期しての本番。冬の剱に10名もの仲間が登頂を果たした。

食糧、気象、装備と全員で担当を分かつ。事前に計量して装備を分担。テント内での食事はもちろん、行動食も前もって共同購入し、全員同じレーションを携行する。

この年は暖冬で雪が少なく、馬場島まで車が入った。アタック当日は絶好の空模様。皆で登頂を喜びあった。天候にも恵まれたが、目標を定めて準備をすすめ、訓練と綿密な打ち合わせを何度も行った、それが報われた山でもあった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-18 17:53:33 (366 ヒット)

冬合宿の偵察のつもりだったが、コンディションがよく登頂も果たすことができた。荷揚げも済んで、あとは本番を待つばかり。






























投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-13 17:43:49 (385 ヒット)

冬合宿に備えての荷揚げ。小屋近くのカンバの木にはデポ缶が鈴なりだった。
















投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-10 17:07:58 (418 ヒット)

このときはまだ伝蔵小屋。豪快磊落な伝蔵さんと飲み交わしたのはこれが最初で最後であった。熊なべに舌鼓を打ったのを思い出す。






投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-11-7 17:50:52 (498 ヒット)

この頃はまだクズバ山への夏道はついてなかった。唯一辿ることができる道はこの昇龍谷。初冬のこの日は谷筋にうっすらと雪が乗っていた。たいした藪もなく山頂に出た。間近に見える大日岳の荒々しさが眼前に迫ってきた。

下りは、中山のコルへと藪の中へ突入していった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-30 18:03:22 (322 ヒット)

ブナクラ谷から入って赤谷山へ。絶好の登山日和に、山頂は多くの登山者で賑わっていた。一升瓶が転がり、焼肉を囲んで宴会モード。

翌日、赤谷山からの踏跡を辿って北方稜線を南下。主に小黒部谷側をトラバースするようにして進む。白ハゲまで道はついている。白ハゲ山頂は小笹で覆われた快適な場所だ。大窓へ降りるつもりであったが、下を覗いてみると藪がひどく、先が読めない。しかたなく、もと来た道を戻ることにした。

ところが、赤谷山からの下りに差し掛かった辺りで、連れの足首の持病が悪化し、痛みで歩行困難となってしまった。きついテーピングを施し、痛み止めを服んで様子を見ながら下山。時間はたっぷっりあると思ったが、ブナクラ谷中腹で夕暮れとなってしまった。計画通りに大窓から下っていたらと思うとぞっとする。

自分は先に取水口まで降りて、空身で友を迎えに行く。彼は油汗でびっしょり、顔は苦渋にゆがんでいた。ザックを受け取って肩を貸しながら歩く。馬場島に着いたときは、まさしく肩の荷がおりてほっとした。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-26 16:53:44 (349 ヒット)

天気は抜群。重荷を背負っていても、笑顔が弾む。稜線直下で一つ沢を読み違え、藪漕ぎの斜面で星空を見上げながらビバーク。翌日は、稜線に出てから一旦北又谷源頭部に降りて、その沢をつめて犬ヶ岳に立つ。下山は栂海新道、秋の日のブナ林の美しさが印象に残る。



投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-23 17:45:09 (344 ヒット)

片貝川沢登りの初日。まずは、モモアセ谷へ。途中メンバーの一人が高巻きルートを誤り進退窮まった。三つ道具を下から放り投げ事なきを得る。滝がいくつもいくつも出てきて、飽きさせない。どの辺だか分からないが、時間切れとなり引き返す。翌日、滝倉谷に入渓した。
















投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-22 18:05:16 (376 ヒット)

滝倉谷は1992年以来、2度目。高巻きをどれくらいに抑えるかが楽しさの度合いにつながる。前回は日帰り時間切れのため途中で引き返している。が、今回はほぼ水線通しで遡行したので満足のいく結果だった。だが、半年前の相又谷での転落の恐怖感が抜けきれておらず、行く末が案じられた山行でもあった。




























投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-17 4:46:28 (334 ヒット)





駒ケ岳を起点をとするこの谷は滝が連続する豪快な谷だ。完全遡行は逃したが充実した渓谷登攀が楽しめた。問題は水線通しに行くか否かであろう。それと高巻きの判断。連続する滝を高巻きばかりで越えていくと味気ないものとなってしまう。
写真が見当たらず、一枚だけ。お仙の滝をうかがっている。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-10 6:09:41 (346 ヒット)

年末山行は北鎌と決め、その偵察に出かけた。

初日、千天出合いから尾根取り付きまでが非常に悪い。高度感のあるスリリングなヘツリもあって、ここが核心部というのも頷ける。予定通りP2までがんばる。

二日目、小雨が独標付近から雪に。視界も効かぬ中ひたすら歩く。北鎌平あたりだったろうか、岩に埋め込まれたプレートに勇気付けられ、なんとかピークに立つ。殺生ヒュッテ付近でツエルトを被る。

三日目、槍沢から下山。













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