「その峰の彼方」笹本稜平 著 ★★★ 文藝春秋

投稿日時 2014-2-25 19:14:01 | トピック: 山の本

アラスカのデナリ、カシンリッジに冬季単独登攀を挑んで消息を絶った日本人クライマーの捜索と救出劇を描いたドラマ。ミステリータッチになっていないところが本作品のよいところ。

冒頭からしばらくはステレオタイプの展開が続く。しかし、中盤から後半にかけて、極寒のデナリにもしだいに“熱”が入ってくる。そして、アラスカ州兵のヘリによる主人公のピックアップで物語は一つのクライマックスを迎える。

カシンリッジを越えた「その峰の彼方」に待っていたものは下山時の想像を絶する壮絶なサバイバル。傷を負い、“命からがら”という言葉をはるかに超えた状況にありながら、主人公は現状を冷静に分析し、最善の方法で“生き抜く=下山”を試みる。救出にあたる仲間たちも自らの命を賭けてデナリに入る。「その峰」はそんな両者の想いと重なり、「その峰」の彼方に奇跡が待ち受けていた。

本作品において「その峰」には、さらにもう一つ別の意味合いが込められている。手短にいえば、主人公がカシンリッジに挑む前と、奇跡の生還を果たした後、その間にも一つの大きな“峰”があった。山を越えるこという行為それ自体は単なる山越えにすぎないが、それを通して人は何かを学び感じ取る。山をやっている人間は人生の分水嶺となる山行が時としてあることを知っている。そして、その逆もまた真。

救出された後も主人公は低体温症の後遺症から、病院で生死の境を彷徨うことになる。そんな彼の状況と、彼を見守る彼の妻と仲間たち。ここには荒々しい“峰”ではなく、やさしくたおやかな峰がある。「その峰の彼方」にあるのはやはり希望であろう。

クライミングには人間の経験が凝縮し、山は人生の様々な場面にたとえられる。そんな思いにどっぷりと浸らせてくれた本書だった。



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