「李欧」

高村薫 著 ★★★ 講談社文庫

高村薫の本はあたりはずれが、ない。 ハードボイルドでありながら、全編を通して漂うせつなさ。加えて、心の中を彷徨うまったりとした時間と空間。 そこにどっぷりと浸ってしまう。 末尾に『わが手に拳銃を』を下敷きにあらたに書き下ろしたもの、とあるように、「拳銃」が物語の副題としてある。 李欧の物語と拳銃の物語、この二つを狙った欲張りな作品でありながら、どちらも中途端に陥らず、バランスよく組み立てられている。 全体としての物語性もさることながら、拳銃についての描写も秀逸。 拳銃の構成要素となるそれぞれの部品の機械性、そしてそれには欠かせない機械加工の描写もよくできている。 旋盤やボール盤、フライス盤など、まるで著者が機械工の経験があるような書きっぷり。町工場の鉄と油の匂いがぷんぷん伝わってくる。 その工場の喧騒と対照的に描かれているのが、工場に敷地に植えられた一本の桜。これが本作品の題名と重なるという、心にくい演出。 読後感も充実している。

「李欧」 高村薫 著 ★★★ 講談社文庫

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