「いま、そこにある危機」

★★★★★ トム・クランシー 著 文藝春秋

最初に読んだとき、「そこにある危機」とは米国が麻薬によって汚染され多くの人命が失われていることを意味し、この作品はその供給元であるコロンビアのカルテルを殲滅させる作戦を描いた物語、との印象が強かった。しかし、いま、20年ぶりに読み返してみて、それとはまた別の「危機」が本当の主題であることに気付かされた。 最初読んだときは、物語の構成の複雑さと巧みな展開についていくのがやっとで、その危うさについては素通りしていたのだと思う。しかし、なんのことはない、それははっきりと作品の中で書かれており、それを主題とは思わずにサブテーマだと位置づけていた感がある。そして、それはもっと人間の根本にかかわること、国家の根源にかかわることだった。 我々の知らないところで様々な作戦が実施されること、それ自体が「いま、そこにある危機」であることを作者は問いたかった。秘密裏に遂行される戦闘行為の危うさは、ぎりぎりのバランスのもとでなりたっており、大統領が認めた特殊作戦といえども、何が正しくて、何が間違っているか、その任務にあたる者は、特に上位のものは、たえず自分に言い聞かせながら行動しなければならない。 ここで描かれているのは、悪者退治のため他国に侵入し、殺人を犯すこと。それは、戦争なのか、ならば殺人は罪には問われない。しかし、秘密裏にそれが行われていたとしたら、それは犯罪にあたるのか。殺人と合法的な対テロ作戦をどうやって区別するのか。その微妙な線引きについてを問うた物語でもある。 この物語で、軽歩兵シャベスが登場し、あの有名なフレーズがささやかれる。 「夜はわれらのもの」

「いま、そこにある危機」

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