「極北」 

マーセル・セロー 著 ★★★ 中央公論新社

本が世に出るということは、たぶんに、偶然によるところがあるのでは、と思うことが多々ある。 本書もその一つ。たまたまこの作品が村上春樹の目にとまり、彼が邦訳することになった。 本の表紙に“村上春樹訳”と書かれていなければ、自分の目にとまることもなかっただろう。 村上春樹自信のオリジナルはまだ一つも手にとっていないというのに、彼の訳した外国書はこれで三冊目。彼自身の作品がうちの書棚にないわけではないのだが、なぜか遠のいてしまっている。

日本語以外で書かれた本は、邦訳されてしまうと、その時点でそのオリジナル性はなくなってしまう。村上春樹のように著名で偉大な作家が訳すとなると、その作品はその作家が訳した本だから、さぞ読むに値するのだろう、ということで手にとってしまう。実際、これまでに読んだ村上春樹訳の作品は、その期待をうらぎることはなかった。 世界が終ったあとの世界。零下30度にも40度にもなる極北のシベリアがその舞台。 廃墟と化した街とシベリアの厳しい自然との取り合わせが妙にマッチする。 汚染された街でのサバイバル劇は3.11後の福島と重なりあう。 訳者村上春樹がこの作品の邦訳にとりかかったのは、3.11の前年。その作業途中でのあの惨劇。「この作品が何かの啓示とかそういうものではない」と、あとがきで述べているが、それを暗示させる内容があるのは確か。これを偶然の一致と捉えるならばそれまでだが、そうではない不思議な因縁というものを感じたのは私だけではあるまい。 期せずして、3.11後に出されることになったこの作品の力を思わずにはいられなかった。

「極北」

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