「氷輪」

永井路子 著 ★★★ 永井路子歴史小説全集 中央公論社

「氷輪」とは月の異名、中天にかかる月は氷のごとくきびしく、そしてはるかに遠い」 どんなきっかけがあったのかは思い出せないが、永井路子という作家が気になりだした。
鑑真来日の頃の八世紀。日本のまつりごとは仏教と密接な関係にあった。中学校の授業の一コマがよみがえる。だがしかし、鑑真は何をしに日本にやってきたのか、そのへんのところはてんで覚えがない。というよりは、考えてもみなかった。ただ、「鑑真がやって来た」ということを習っただけ。 なぜ事件は起こったのか、史実の裏にどんな物語があったのか。それを解き明かすのが歴史探訪の醍醐味。学校の授業もこんなふうだったら、もっと楽しく、興味がわくのではないだろうか。
読みはじめてすぐ、はたしてこれは小説なのだろうか、と、戸惑ってしまう。どちらかといえば、論文に近い。現存する資料をもとに、作者がその時代の人物を生き返らせ、作者独自の時代観を描いてみせている。 末尾の付記に「『歴史小説とは何か』と、三十年前も今も考え続けている」と記されている。まるっきり作り物の話というわけにもいかないし、ただ単に史実の羅列では小説にはならない。史実との整合性を保ちながら想像性と創造性をいかに歴史のなかに組み込ませるか、そのあんばいが難しいのであろう。 鑑真、藤原仲麻呂、道鏡、孝謙天皇がいまによみがえる。 これを読んだらやはり「天平の甍」を読まないわけにはいかないだろう。

「氷輪」

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