「姿なきテロリスト」
リチャード・フラナガン 著 ★★★★★ 白水社
一言で言って、切れ味鋭い。 読み物の楽しみの一つは、物語の登場人物に自分を投影させその世界に浸ること。加えて、この作品では、筆者のいきざまが作りものである小説を通して伝わって来るような、そんな気がした。彼独自の世界感が作品中に表現されている。
先に2冊続けて読んだジョン・グリシャムよりはるかにおもしろい。時代が作品を生み出すということをつくづく感じさせる一冊。比較するのも変な話かもしれないが、この作品から比べると「法律事務所」「ペリカン文書」は、若干の古臭さは否めない。 9.11以降、テロは株や経済の動向と同じように我々の生活の一部となってしまった。一昔前「あの人はもしかしたらCIAのスパイかもしれない」という会話が冗談半分にかわされていたことがあった。それが今では「隣の住人はもしかしたらテロリストの一味かもしれない」ということになってしまった。もし、仮になんの罪もない一般人がそのようにみられ、メディアからも警察からも追求を受けたとしら、その人はどんな行動に出るだろうか。本作品はそれをテーマとしており、まさしく今を切り取ったスリラーと言える。また、自分の中ではのどかで平和な都市の印象でこれまで通してきたオーストラリアの巨大都市シドニー。その陰の部分の描写が秀逸で、自分のオーストラリアについてのイメージはすっかり変わってしまった。美人といえどもオナラはするものなのだ。 原書を読んでないからなんとも言えないが、原書も日本語訳から伝わって来るのと同様なニュアンスのそぎ落とされた切れのある文体で書かれているのではと、想像する。作者の人生観をうまくのせた名日本語訳に拍手を送りたい。
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