「K2 雪と氷と岩と」★★★ 松尾良彦 著 西日本新聞社

投稿日時 2015-12-15 19:00:56 | トピック: 山の本

1977年8月8日、日本山岳協会主催によるK2登山隊は、1954年イタリア隊の初登以来、23年ぶりに第2登を果たした。そのときの模様を報道として随行した新聞記者が記した登山記録。

日本中から参加者を募り、登山隊員数32名、パキスタンから3名、同行の映画隊を含めると総勢52人。当時としては日本山岳史上最大の遠征隊が結成された。その費用たるや1億5千万円、今の金額にすればいかほどになるのか。スカルドからベースキャンプまでのキャラバンで、32トンの装備、食糧を運びあげるために要したのは950人のポーター、ジープ13台、トラクター20台。バルトロ史上においても最大の遠征隊だった。ポーターの列は5劼砲癸賢劼砲皹笋咾燭箸いΑその規模といい、費用といい、日本の威信をかけた大登山隊だったことがうかがえる。ゆえに、登山隊に課せられた使命の重圧感は相当のものだったに違いない。

当時はまだ登山方法として包囲方が全盛の時代で、大人数交代でキャンプ地を少しずつ上げていき、その過程で高所順応をこなしていく。8120メートルの最終キャンプにいた者がアタックに出て、運が良ければ登頂出来る。登頂できた者、途中までしか行けなかった者、アタック出来ずに涙を呑んだ者。それぞれの隊員の悲喜こもごもも描かれている。
6月16日、5220メートル地点にベースキャンプを設営してから、隊員たちは黙々とやるべきことをこなしていく。圧巻はC4からC5までのルート工作。7450メートルから7920まで高差470メートルを攻略するのに18日かかっている。そしてついに8月8日、7名が登頂を果たした。隊員個々の力量と執念は言うまでもないが、彼らを支え登頂まで導いた登山隊としての指揮系統と綿密な兵站戦略の勝利でもあると感じた。

カラーも交え写真もたくさん載っており、未知の地への紀行文としても十分楽しめる。



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