本棚 : 「孤愁の岸 上・下」杉本苑子 著 ★★★★★ 講談社文庫
投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-4-23 13:20:58 (266 ヒット)

この人はタイトルの付け方がとてもうまいなと思った。先に読んだ「風の群像」もそうであったが、作品を見事に言い表した題名だと思う。
「風の群像」を読んでから、もっと作者の作品を読んでみたいと思って出逢ったのがこの作品。辿ると長くなるが、薩摩藩に興味を抱いたのは鳴海章の「薩摩組幕末秘録」。ここで富山売薬と薩摩藩との深い結びつきを知ることになる。薩摩藩が幕府に散々いじめられて財政難どころか窮地に陥り、それを立て直したのが家老の調所広郷。そのとき昆布の密貿易によって財を蓄えるのに一役かったのが富山売薬。やがて、薩摩藩の赤字は解消し、その蓄財をもって倒幕への足がかりとなった。富山売薬の影の支え無くして、英国との戦争はありえず、倒幕への道のりもまた違ったものになっていただろう。幕府憎しの大元が関ヶ原にあったことを知ったのは山岡荘八の「徳川家康」を読んだとき。長州、薩摩共々関ヶ原を境に幕府から虐げられ、そのときの悔しさ恨みが倒幕までの長きに渡ってくすぶり続けていたようだ。この作品の舞台となっているのは薩摩藩の財政難を著しく拡大、決定せしめた世に名高い「宝暦の治水」(この作品を読むまで知らなかったのだが)。財政再建を果たした調所広郷が生まれる前の年の出来出来事というのもなんだか因縁深い。幕府が課した治水の普請事業に携わる、なんとも泣ける武士の男達の生きざまを女性の作者がここまで的確に描いているのにまずは感心。また、この作品が書かれたのは昭和37年。平成最後の年に読んでも古臭さは微塵も感じられない。それがまた不思議でたまらなかった。時代ともに小説の書き方描き方は変わってくる、というのが持論。昭和37年というと今から50年以上も前になる。なのに、文章使いも、物語の運び方も、古臭さとは無縁だ。この作品で作者は直木賞をとったというが、直木賞の持つ底力を見直した作品となった。
ここでまた興味が募る。宝暦の治水のとき、本国財政破綻寸前の薩摩では富山売薬の差止めがあったや否や。

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