はんごんたん処方箋

足跡掲示板

  • センダ様、発作時の辛さよくわかります。アブレーション技術は目まぐるしく進歩しています。そろそろ自分もと思うのですが、ななかな踏ん切りがつきません。なにせ、なんともないとこきはすこぶる快調なのですから。お大事になさってください。 ( panawang - 2018.09.27 17:45 )
  • 私も心臓の具合悪いです、疲れると(ストレス、暑い夏)心臓が悲鳴を上げます、不整脈と息苦しさ、胸の違和感を感じます。 ( センダカツミ - 2018.09.16 10:08 )
  • Repuさん、ありがとうございます。おかげさまで、発作は収まりまして、軽快に過ごしています。ただ、寝てばかりいたせいか、筋肉がすっかり落ちてしまい、目下復調に向け励んでいます。また、雑穀でお会いしましょう。 ( panawang - 2017.06.16 17:39 )
  • 救急搬送され、その後の経過はいかがでしょうか?決して無理されませんように。 いつも美しい写真、楽しませていただき、ありがとうございます! ( Repu - 2017.06.15 21:59 )
  • float cloudさん、コメントありがとうございます。返事遅くなりました。すみません。過分なおほめを頂き、こそばゆいです。つたない文章ですが、書くことによって、自分の考えをまとめようと努めています。当HPに辿りついていただきありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 ( panawang - 2016.05.15 19:44 )

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Help にゃ〜ん♪
投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-11-30 11:04:46 (5 ヒット)

「チンギス紀」が第八巻で足踏みしている間に選んだのがこの作品。
「三国志」は吉川英治の文庫本で3回は読んでおり、自分の頭の中にはある程度「三国志」が出来上がっている。そこで、北方謙三はどんな描き方をしているのか興味があった。
三国志といえば、そこから生まれた故事名言が有名だが、本作品ではそれらに執着せず表に出さず、かつそれらの逸話を作者の視点で完結させている。私のように吉川英治の三国志に慣れたものにとっては、やや拍子抜けの感もあるだろう。しかし、登場人物ひとりひとりへの思いと筆圧は作者ならではのものを感じる。特に、麦城での関羽の最期と孔明が泣きながら馬謖を切る場面はとても読みごたえがあった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-9-7 16:17:58 (41 ヒット)

バスク人、バスク地方の特殊性に目をつけて、それから話を膨らませていった物語。いわゆる「バスク」はスペインとフランス国境の両方に存在するということを初めて知った。バスクはそういう微妙な位置にありがながら、独自の文化を築き上げ、それを守ろうとしている。

物語は、スペインの中央政府からの独立を目指して武力による革命を探る組織とそこに紛れ込んだ日本赤軍からの協力者を主題としている。巷では日本人とバスク人には共通する点が少なからずあるという話だが、この物語を読めばなるほどと共感できる面も見いだされる。


冒頭からテロ組織、日本赤軍と出てきて、世紀末のノワール作品を想像していたが、その期待は見事に裏切られた。犯人捜しの部分もある程度予想できる範囲内で、テロ行為という破壊的思想とは裏腹に、物語としての破壊性はない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-8-23 16:25:56 (39 ヒット)

この作品を発表したのは作者が御年80歳のとき。おいおい、まだやっているのかという気持ちもあって手に取った。
読者を騙す手口はフォーサイス先生お手のものだが、今回は英国のコントローラーが敵対国を騙して混乱させる物語。それも、さらっとやってのける。さすがに布石を散りばめた理詰めのスパイアクションは、無理なのかなと感じた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-8-23 16:24:48 (40 ヒット)

馳星周が動物本で直木賞を受賞するなんて、初期の頃のノワール作品を知っているものなら誰が予想できただろうか。近年作者の作品の題材はもっぱら山や自然そして犬となっている。その犬を題材とした作品の一つ。この作品で「犬の十戒」というものを初めて知った。
犬と飼い主との様々な関係、場面を取り上げた短編集。作者の犬への接し方が伝わってくる。物語的には深堀りはしてないが、乾ききった心を湿らせてくれる要素は十分にある。直木賞に至るまでの痕跡をしばらくは追ってみたいと思う。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-8-18 11:32:57 (36 ヒット)

「南総里見八犬伝」を読んだとき、いまいち時代背景が分からなかったので、その辺をもうちょっと掘り下げようとして、手に取った一冊。
南北朝の頃も複雑極まる時代だったが、室町後期はそれに輪をかけて混沌としていた時代だった。御所を取り巻く京都周辺の乱れのことは別に置くとして、関東では、古河公方、鎌倉公方、関東管領、山之内上杉、扇ケ谷上杉らが骨肉相食む争いを繰り広げていた。敵味方の入れ替わりが激しく日常茶飯事。節操も何もあったものじゃない。人も時代も大うねりの中、その乱れがどう収束してくかに興味が持たれるが、それは戦国時代まで待たねばならない。「南総里見八犬伝」はそこで起こった小さな戦から紬だされた、いわばスピンアウトした伝奇小説であった。
本作品の主人公長尾景信もまたその大きなうねりに翻弄された武将の一人。長尾家と上杉家との因縁の中に生き、この時代の一つの場面を切り開いた人。だがはやり、自分の中でのこの頃の時代認識が希薄なため、人物的にはよく描かれていると思う反面、どんな時代だったのか、そういう思いがどうしても頭からぬぐえなかった。そこで、以下の4冊を参考書として読み、おぼろげながらこの時代の輪郭を描くことができた、という次第。

「室町幕府と地方の社会」榎原雅治 著
「応仁の乱」呉座勇一 著
「観応の擾乱」亀田俊和 著
「越後上杉一族」花ケ前 盛明 著


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-8-15 19:02:00 (45 ヒット)

なんとなく八犬伝が読みたくなって、図書館で物色してみた。最初に岩波書店の文庫版が目にとまったが、原書に忠実なせいなのか旧仮名遣いでとても読みにくい。そこで、ネット検索で調べてみたが、これが意外と作品が少ない。結構人気があるはずと思っていたのは自分だけだったみたい。源氏物語や平家物語は新訳物にはことかかないが、八犬伝は選択肢が限られる。今回手に取ったものは原作に沿って書かれているが、ただそれだけの内容といえる。物語を膨らませるのは読み手の裁量に任される。ここはひとつ「新訳」というよりは「新解釈」として独自の物語性を持った作品を期待したいところ。誰かやってくれないかな。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-7-14 17:33:25 (42 ヒット)

第一部とは違って、スローなスタート。
ネット上の書評では前作を上回る高評価が多いが、自分的には前作の衝撃があまりにも大きかったので、★一つ落とす結果となった。

この作品で鍵となる「面壁者」が出てきてからも大きな展開はない。4人の「面壁者」の役目は敵からその真意を読み取られることなく敵に備えること。当たり前といえば当たり前のことなのだが、その時がくるまで誰の計画が功を奏するのか、あるいはすべて敵に知られてしまうのか、はたまた他の要素が加わってなるようになっていくのか、そんなことを思いめぐらせながら、読み進めていく。

そこで、頭に浮かんだのが「待てよ、これはハリ・セルダン予測に似ていないか」ということ。すなわち、人類が危機的状態に陥ったときその被害を最小に食い止める必然的な現象が生じる。その危機に際しての最善策が心理歴史学によって予測でき、しかもその確率はかなり高い。しかし、人類はその瞬間が来るまで、それがハリ・セルダン予測とは誰も気づかず、当事者もその行動の結果、どのような結末が来るのか分かっていない。すなわち、ハリ・セルダン予測はそれが終ってみて初めてそれと特定できる。・・・というもの。「なるようにしかならない」という場当たり的とも言えなくもないが、それを確率で予測してしまうというのがハリ・セルダンの心理歴史学。

そう思いながら読んでいると、突然、文章中にハリ・セルダンが出てきて、目がテンになった。なんてこった。作者はあきらかにアシモフへのオマージュを込めてこの作品に臨んでいたのだ。自分の思いと作者の思いが同調し、共鳴した瞬間。これこそ、本読みの醍醐味。

さて、長い長い物語のわりには、あっけない結末。しかし、これもハリ・セルダン予測といえば、それも納得かな。

巻末の解説の中で「4人の面壁者のうちの誰がハリ・セルダンとなるのか」というような記述があるが、これは間違いではないかと思う。問題はハリ・セルダンは誰かということではなく、誰のどういう行動がハリ・セルダン予測となっていくのか、という点だと思う。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-7-13 17:04:51 (45 ヒット)

昨年日本を席巻した話題作、ようやく手に取った。
ラジオ番組の中で紹介されて以来、気になってしょうがなかった。ブームも一段落したのか、図書館の書架に並んでいるのを見つけた。家に帰って、さーて読むかと、寝転んで本を開いてびっくり。ひらりと、テッシュが舞い落ちてきた。前の人が本閉じにでも使ったのかと思ったが、それは一瞬のこと。次の瞬間唖然とした。なんとそれは使用済みのものだった。いったいどうなってんの。落書きや、棒線などはたまに見かけるが、こんなものが出てきたのは初めて。何を考えてこんなものを挟んだのか、本書への何らかのメッセージなのだろうか。

この本に出会うまで、まさか久しぶりのSFを中国発で読むことになろうとは、考えてもみなかった。中国のSF文化に疎かったどころか、SFから中国がぽっかりと欠落していた感がある。多分、そう思っていたのは私だけではないと思う。それだからこそ、受けたインパクトは物語の出来具合に加算されて強烈な印象を残すことになったのではないかと思う。

物語は文革での紅衛兵の戦闘場面から始まる。文革の忌まわしき過去を鑑みれば、この後に展開されるSFの名を借りた体制批判ともとられかねない内容を含む本書はとんでもない作品といえる。そういう面からも本書の評価は高いのではないかと思う。

サイエンス・フィクションというよりはサイエンス・ファンタジーに近く、超ハードSFでないというのも多くの人々に受け入れられた要因だと思う。ただ、ヴァーチャルの「三体世界」がだんだんややこしくなって来て、そこがちょっと自分としては読み進むのに苦労した。

中国語から英語、そしてその両方を参照しての日本語化いうのも気にはなったが、両方とも読まないのでなんなのだけれども、とても読みやすく、うまく訳されているとの印象を受けた。くだけた表現や、日本人独特の言い回しもちょいちょい出てきて、原書でどう表現されているのかな、などと思ってみたりもした。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-7-12 11:36:13 (53 ヒット)

「アメリカ探偵作家クラブ主催のエドガー賞最優秀新人賞受賞。日本を含む30カ国以上での翻訳が決定し、2020年最高の話題作」とは知らずに手に取った一冊。
主題は二つ。「ドクトル・ジバゴ」誕生秘話とCIA勤務タイピストの給湯室話。
内容からいって、どちらかというと後者の方にウエイトがあると思うが、原題も「The Secrets We Kept」となっているし、邦題は前者に力点を置いている。

二つの物語ともとてもよくできていて、わくわくどきどきさせられる展開に引き込まれる。ところどころに出てくるウイットの効いた会話も見もの。ジバゴでは歴史の影をあぶり出し、「そうだったのか」とともにもう少し深く真相に迫ってみたいとの念に駆られる。著者であるパステルナークの身に危険が迫る中、母国語での出版がかなわず、最初の出版元となったイタリアの「フェルトリネッリ」についても興味がわく。

二つの主題の融合に成功しており、総合的な評価は高い。一度読んで二度おいしい作品だと思う。登場したタイピストのスピンアウトした物語を勝手に想像してしまった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-7-12 10:15:44 (50 ヒット)

この本に出合うまで、前田慶次郎のことは知らなかった。破天荒な人物像はまるで漫画の主人公みたい。こんな人が本当にいたのだから、驚かされるし、虜になってしまうのも無理はないだろう。

歴史通の間では「傾奇者」としての評判が定着している。いつの時代からそのイメージが植え付けられたのかはしらないが、ネットで見る限り、その印象は不変であるらしい。本作品でもその路線は踏襲されていて、膂力があって、男前、義理人情に厚く、かつ偏屈者という戦国時代に現れた希代の武将が描かれている。

彼の日常は一般人にとっては非日常で、そんな自分にない世界観を持って生きる人物にあこがれを抱くのはいつの時代も変わらないのかもしれない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-7-12 9:13:12 (53 ヒット)

「教団X」を最後にしばらく作者から遠ざかっていたが、友達の書評にこの作品が紹介されていて、さて作者はどう変貌を遂げたのか、それを確かめたくて手に取った。

冒頭から、序盤のつかみはよくできていて、この先どのように話が進んでいくのか、興味津々でページをめくる。「いったいこの先どうなるのか、この挿話はこの先どう展開していくのか、またどのようにして回収されるのか」そういう気持ちを逸らさせないものはある。だが、いくつか組み込まれている挿話の整合性がとれないまま、物語は中盤から終盤へ向かっていく。つまり、途中で蒔かれた「ネタ」の回収がされないままページが進んでいく。それでいて、マジックリアリティーの世界かと思ったらそうでもない。

一つ、一つの挿話自体は読みごたえがあり、それはそれで短編として終結させてもよいほどの完成度がある。特に、終盤の入り口にあたる戦場のラッパ吹きの独白は鬼気に迫るものがある。しかし、「回収されない布石」ストレスの方が強く働いてしまい「よくできた作品だが、なんかしっくりとこない」という読後感となってしまう。
たぶん、映像化して、脚本でその奥歯に挟まった小骨をうまく取り除いてくれてなら、大ヒット間違いなしのエンターテインメント作品になると思う。

この作品を読む限り、「教団X」で抱いた作者の行き詰まり感からは脱したように見受けられる。けれど、私が苦手とする村上春樹に見られるような「中途半端なわけのわからない世界」を描く作風に似てきた感もあり、ちょっと戸惑っているというのが正直な気持ち。

85ページ中ごろに「金持ちの西洋人が年を取って、妻が死んでしまったりした後、・・・ふっていなくなることがあるらしい」という一文が出てくるが、この「ふって」という言い回しまたまた喉に引っかかってしまった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-6-14 13:35:21 (51 ヒット)

30年以上も前に読んだときは、やたら長すぎる感だけが印象に残った。今回、読み直ししてみると意外に面白く読めた。ここ何年か歴史小説を取り込んできたせいもあるのだろうが、20代の頃はまだこの作品に接する素地が自分には出来ていなかったのだと思う。作品は変わらずそこにあるのだから、読み手に変化があったとみるのが筋だろう。歳をとるというのはそういうことなのかもしれない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-3-27 14:17:16 (66 ヒット)

前作「阿黒篇」の続き、舞台は京都へ。
藤原緒嗣にすり替わった怨魔と緒嗣のライバルである藤原良房との抗争を軸に嵯峨上皇亡き後の皇位争いをからめ、魔界の盟主総門が企む地上征服を阻止しようとする空海(死後復活を遂げた)らの伝奇活劇。総門は美貌の死魔であるシバを半人半獣の鵺として蘇らせ、役小角らと共に京の夜に跋扈する。それに対し、空海は和気諒の力を借りて不動明王や愛染明王出現させ、反骨精神から野狂とも称された小野篁らと共にこれに対抗する。
阿黒篇同様、歴史の中に伝奇物を挿話として組み込み融合させており、歴史・伝奇物好きにはたまらない作品となっている。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-3-27 14:15:09 (63 ヒット)

時代は一気に平安時代へと遡り、そして舞台は再び陸奥へ。
一作目同様、伝奇小説の面白味を堪能できる。加えて、今回は歴史度がかなり高い内容となっている。よく知られている歴史、坂上田村麻呂が征夷大将軍となって蝦夷を併合させたこと、その流れを汲んで、その時代背景を一つの骨子として、SF度、伝奇度をうまく融合させた物語となっている。というよりは、時間軸に史実を置いて、伝奇をその場面場面に織り込むように刷り込ませ、裏歴史なるものを描いている感がある。

ところで、本作品のあとがきで作者は以下のように述べている
『総門谷』の再開である。自分でもちょっと信じられない。
ほぼ六年前の今頃に『総門谷』の最後の行をワープロのディスプレイ上に打ち終えた時、すべてが完結した、と思った。その感慨には小説だけはなく、自分の青春や、興味や、情熱その他、あらゆるものが含まれていた。自分はもう物書きとしての仕事を果たしてしまったのではないか・・・とも思った。読者にこの小説がどのように受け止められようと、自分にとってはこれが限界だと感じたのだ。これ以上の作品を書けるとは思わなかったし、アイデアも使い果たしてしまった。

自分でも驚いたのだが、これはまさしく、自分が前作を読んだときに抱いた感想を裏打ちさせてくれた内容だ。つまり『伝奇小説とミステリー、そしてSFの要素てんこ盛りで、これでもかこれでもかとかぶせてくる膨大な未知の物語、に当時は圧倒されてしまっていた』ということ。あながち自分の印象は外れていなかったようだ


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-3-27 14:12:43 (69 ヒット)

昭和60年に初版が発行されたときに読んでから30年以上もたっての再読。当時はわくわくさせて読んだのを覚えているが、内容はからきし覚えていない。そして、いつか読み返してみようと思っていた一冊。
さて、その内容は。初めて読んだときに抱いていた印象とは、どんなものだったか正確には覚えていないが、今とは少し違っているように思う。というか、大きな隔たりがあるようだ。読み返して思うのは、伝奇小説とミステリー、そしてSFの要素てんこ盛りで、これでもかこれでもかとかぶせてくる膨大な未知の物語、に当時は圧倒されてしまっていたのだと思う。だが、今思うのは、ちょっと大風呂敷に過ぎるということ。詰め込み過ぎがあだとなって、逆に詰めが甘い。B級テレビドラマか映画を観ているような感じで、エンタテインメント性には申し分がないが、それ以上の作品ではなかったようだ。
「総門谷」は「総門谷R」へと引き継がれていくのだが、これも内容は全く覚えていない。どんな物語だったのか、楽しみにして読んでみようと思う。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2020-3-11 11:35:41 (86 ヒット)

誰の作品だったか忘れたが、一度トライして難解なので途中であきらめた「平家物語」。もしかしたら、宮尾登美子の本なら読みやすいのではないかと思って手に取った。令和2年に入ってから読み始め、2月中旬に読み終えた。読みやすいとまではいかないが、平家物語の世界観とその時代背景のおおよそは掴めたのではないかと思う。物語を事細かく追っていくにはあまりにも登場人物が多く、その関係が複雑にすぎる。もう一度手に取って読み返したら、その辺のところがもう少し頭に入ってくるかもしれない。

それにしても、「おごれる人も久しからず」謡われた平家の栄華は30年余り。本当につかの間の天下だったようだ。30年といえば、長い歴史からみればほんの一コマにすぎない。それなのに、平清盛や平家のことを知らぬものはいないくらいその名は一つの時代として広く認識されている。そこのところのギャップというか、それほどの時代だったのかな、という印象が強く残った。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-12-24 12:34:43 (86 ヒット)

最近の作品はややトーンダウン気味でがっかりの連続だったが、この作品でちょっとだけ息を吹き返した感がある。だが、かろうじて及第点といったところで、初期の頃のような、切れ味、ワクワク感、スリル感にはほど遠い。
今回のテーマは「ダイヤモンド業界」。これでまたダイヤモンドに関する薀蓄が増えた。

訳者あとがきの中にジェフリー・ディーヴァーの作品手法「必勝フォーマット」についての記述がある。「何が起きたのかを振り返って解き明かす推理小説ではなく、このあとどうなるのか、何が起きるのかに読者の興味を惹きつけるスリラー小説であること、事件発生から解決まで三日ほどの短期決戦であること、データマイニングやイル―ジョン、今回のダイヤモンド業界など作品ごとのテーマを明示すること、最低三つはひねりを用意すること・・・を主軸として踏襲しつつ、作品ごとに異なる要素を盛り込んで肉付けしていく」

なるほど、本作品は「必勝フォーマット」に沿っているのは間違いない。確かに、この先どうなっていくの?こいつが犯人のはずはないだろう、という思いは常々念頭にあって、その期待が裏切られたり、読み通りだったりに一喜一憂しながら読ませてくれる。「ひねり」にも、あえて軽くしたものや、強引なものも織り交ぜて、それらを読者が推し量れるような余地も用意してある。だが、何か物足りなさが残る。「短期決戦」はわかるが、スピード感がいまいち。悪い奴ら、リンカーン、サックス側双方に迫力や凄みが欠けている。作品としての「飢え」が感じられない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-12-15 13:35:24 (115 ヒット)

電気工事の図面引きの「本島」、出始めの頃。姪の強姦事件を薔薇十字社に相談に行ったのが運の尽き。榎木津の下僕仲間に引入れられてしまう。釜から瓶、そして山嵐事件へと続く。陰鬱さ、おどろおどろしさよりもコメディに徹した探偵物語三編。京極堂シリーズにおいて、「百鬼夜行 陰」はスプリットボール的な感じだが、本作品は大きく曲がるカーブの曲がり始め的な印象を受けた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-12-8 11:35:20 (83 ヒット)

電気工事の図面引きの「本島」が語り手となり、探偵榎木津礼二郎におもちゃにされる。豪徳寺の招き猫から始まり、三つの事件に引きずり込まれる。事件の裏に暗躍する、榎木津と宿命のライバルの存在が浮き彫りになる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-30 10:34:19 (83 ヒット)

メフィスト賞の作品ということで手に取ったが、その期待は大きく裏切られた。それまで抱いていたこの賞のイメージ、どちらかというとミステリーかファンタジー、を根本から覆す作品だったからだ。「面白ければ何でもあり」というこの賞の理念からすれば、こんなのもありかな、かもしれない。

アルバイトがきっかけで水墨画と触れ合うことになった大学生を描いた青春小説。
題名がそうなら、本の表紙も今風、中身も軽いタッチ。やはりこれも時代が生んだ作品なのだろう。

最初から最後まで抑揚がない、と言えば魅力に欠けるかというとそうではなく、心地のよい一本調子が貫かれている。読み始めてすぐ思うのは、これは読む漫画だ、ということ。ネットで探るとすぐにこの作品のコミック版がヒットする。誰でも考えるのは一緒とみえて、コミック化に向かうのは必然だったのだろう。
漫画のような物語の運びなので、スーッと読めてしまう。多くの人は一気読みするだろう。予定調和的な印象がぬぐえないのにもかかわらず、心のひだに引っかかるという不思議な作品でもある。

最初は軽いタッチで描かれている、と単純に思っていたが、読み進むうちに、作者はあえてこのような書き方にしたに違いないという確信に変わっていった。一見抑揚がなく、軽い言葉で書かれているようにみえるが、実は何度も何度も推敲され緻密に計算されて生まれてきたのだ。

次に出す作者の作品はどういうものになるのだろう、この路線での二番煎じはあるのだろうか、それとも一発屋で終わってしまうのだろうか、気になるところ。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-30 10:29:39 (84 ヒット)

京極堂を読みたくてたまらないのだが、近々は刊行されてなくて、昔に戻って読んでいる。
本作品は短編集だが、それまで出てきた京極堂の登場人物がそれぞれの主人公となっている。本編では触れられなかった一癖も二癖もある人物の一面が垣間見られる。というか、その人物のキャラクターを補筆している。「あー、そういうことだったのか、なるほど」と、思うことしきり。そうなれば、また「姑獲鳥の夏」から読み返してみようという気持ちが湧いてくる。京極堂はそういうループをもっている。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-20 10:05:23 (86 ヒット)

「烏の伝言」以来、長らく待ち望んでいた高田大介の本、やっぱり面白かった。伝奇小説の部類に入るのだろうが、単なる伝奇物に収まらないところが本書の奥深さ。鍵となる言葉が要所に散りばめられ、その鍵とも記号ともつかぬ言葉がパズルのピースのように物語に落とし込まれていく。論理的な破綻は微塵もなく、ただただ知的好奇心の向かうがままに読者を物語の中に引きずり込み、引っ張っていく。「豊富な」という一言では言い表せないくらいの語彙力が物語に魔術師的な厚みをもたらしている。日頃聞きなれないような言葉が次々と登場し、技巧に走った読みにくい文章であるかと言えば、そうではなく、逆にすんなりと腑に落ちていく。ある意味不思議な感覚。この辺の按配、空気感が「図書館の魔女」以来の著者の魅力であろう。
さらに、この作品において異彩を放っているのが、語り言葉の8割以上が上州弁で占められている、という点。それも、コテコテの上州弁。言語学者でもある著者の一つの遊びなのかもしれない。群馬でベストセラー一位になるのは間違いがないだろう。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-16 10:54:04 (88 ヒット)

弔堂シリーズの二冊目。今回はうら若き女性が物語の進行役となっていて、文章運びも新鮮に感じる。前作の登場人物を要所に配していて、読者心理を掴むのがうまい、さすが京極夏彦。伏線とまではいかないが、確かこいつは?と、記憶の糸を辿りながら読み進む。
両作品を通して、京極堂と弔堂との関係性を示すと思われる記述がさらりと描かれていて、何時しか京極堂に辿り着くのではという期待感を持ちながら読んでいたのは私だけではないと思う。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-16 10:49:47 (90 ヒット)

憑き物落とし「京極堂」に代わって、本を供養する「弔堂」が心の窓を開けてくれる。『世の中に無駄な本など一つもない、無駄にする人間がいるだけだ』なるほど、うまいことを言う。人、一人ひとりに見合った一冊の本があるのだという。その一冊を「弔堂」が探してくれる。その本は出合ったその人によって価値が見いだされる。弔堂に言わせれば、本が成仏する、ということになる。しかし、それは逆で、悩み彷徨える人間がその本によって一筋の光を見出す、あるいは選択の道標と為す、そういうことではあるまいか。
短編の集合体の形をとっているが、それぞれに登場する人物が後の物語へと引き継がれて行き、伏線となっていく。それがこの作品に厚みを与えている。京極堂のような破壊的な理屈回しではなく、じわっとくる説教が持ち味なので、通快感は薄い。作者も年月を経て、作品にも人間性に於いても丸みが出てきたのかもしれない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-16 10:48:53 (97 ヒット)

垣根涼介の作品として読んだ初めての本。本屋さんや図書館の書架にあまた並んでいる本の中から、自分の意志でこの作品にたどり着けたかどうかと思うと、友達の薦めで本書に出会ったのは幸運であった。推薦本にたがわず、とても面白かった。
けれんみのない文章は読みやすく、変なひねりもない。サクサク読めるのが今風の作家のキモなのかもしれない。主題性とプロット力が7割、あと3割が文章力。題名通り「狛犬」が重要なキーなのだが、なぜ「軌跡」としたのかなかなかわからなかった。しかし、終盤に来て、やっと合点する。この終盤の納め方がおもしろい。推理小説では終盤の一行で腑に落ちるということはままあることだが、そういう纏め方とは違うもって行き方におもしろみを感じた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-11-16 10:47:57 (95 ヒット)

本屋大賞というのは日本の専売特許かと思っていたら、そうでもなかったようだ。作者はこの作品でノルウエーの本屋大賞を獲っている。本屋大賞は日本の本屋の店員さんの発案で、それが地道に広がり、そして幅広く支持されるようになっていったのかと思っていたら、そうではなかったらしい。どこぞの国でウケている「本屋大賞」なるものをパクっただけのことだった。巧みでしたたかなマーケティング戦略だったのだ。

ともあれ、この作品は一見の価値があるだろう。現代、過去、未来、に登場する三人の主人公の視点でミツバチをもとにした物語が語られる。冒頭から中盤まで、三者ばらばらのストーリーはいったいどこに集結するのだろうかとの疑問符だらけ。中盤になってやっとこの物語が親と子の絆の物語であることに気付かされる。感動を呼ぶ結末はないが、ミツバチを主題として親子の不偏性、特に子を想う親の気持ち、を描いた作品だとひらめいた。難を言うなら、過去、現代の挿話はうまくミツバチの生態と絡み合って興味深かったが、未来の挿話は描きたらないというか、ストーリー性が貧弱というか、ワクワク感に欠けた感がある。もっと違ったやり方があったのではないかと思うと、ちょっと残念。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-10-31 17:49:02 (91 ヒット)

この時代はあまりにも混沌としていて掴みようがない。だから、いろいろな方面から描いた作品を通じて、その神髄に迫ろうとするのだが、おいそれとはいかないようだ。
作者も同様なことを感じていたらしく、あとがきで以下のように記している。「後醍醐天皇をどう評価するかつかみかねていたし、南北朝動乱の本質がいまひとつよく分らなかった」
それにしても、右に左に激しく揺れ動いたこの時代、朝廷や武士達の覇権争いはともかくとして、戦乱によって発生した領地や権益を巡る争いに巻き込まれた庶民はこの荒波の中どう対処して、どうやって生き残っていったのか、その点が不思議というか気になって仕方がない。

参考図書
「室町幕府と地方の社会」 榎原雅治 著 岩波新書
「鎌倉幕府と朝廷」 近藤成一 著 岩波新書


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-9-29 17:33:43 (107 ヒット)

ジェファニー・イーガン、二冊目。前に読んだ「ならずものがやってくる」よりはまともな作品。こちらは正当大衆小説。一人の少女の成長成功譚。読み始めてすぐ、ジェフリー・アーチャーを彷彿させる。そして、その雰囲気は最後まで貫かれる。エンタテインメント性てんこ盛りだが、やや纏まりすぎた感じがしないでもない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-9-29 17:33:02 (101 ヒット)

ピュリツアー賞作品ということで手に取ったが、なんでこの作品がその賞を獲ったのか最後までわからなかった。音楽を通じて関わりのある複数の人物がそれぞれの挿話の中心人物となり、全体の物語を構成する。一つひとつの挿話が時系列的に描かれているわけではなく、また場面でも重ならないこともあるため、その空間、時間を読み手が埋める必要がある。残念ながらこの作品においては、そこを汲み取る自分の創造性というか感性が全く追いついていかなかった。ピュリツアー賞を獲るほどの作品なのに、ピンとこないのはなんか置いて行かれたような気もするが、おもしろくないものはおもしろくない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2019-9-29 17:32:21 (98 ヒット)

極まともな社会派推理小説。移民をめぐる問題はヨーロッパでは今かなり深刻な問題となっているようだ。必ずしも、小説の中身がその国の大勢を言い表しているわけではないが、作者を信じるならば、この作品からアイスランドでの移民の置かれる立場や市民の考えが読み取れる。移民肯定派否定派両面からみた社会背景をうまく物語に乗せて、それが推理物語と表裏一体となっている。作者は移民問題をあえてこの作品で提起するつもりもないのだろうが、それを自分の立場に置き換えて読んでいたことは間違いがない。


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