はんごんたん処方箋

富山オリジナル  パナワン

富山オリジナル  エッセン

足跡掲示板

  • Repuさん、ありがとうございます。おかげさまで、発作は収まりまして、軽快に過ごしています。ただ、寝てばかりいたせいか、筋肉がすっかり落ちてしまい、目下復調に向け励んでいます。また、雑穀でお会いしましょう。 ( panawang - 2017.06.16 17:39 )
  • 救急搬送され、その後の経過はいかがでしょうか?決して無理されませんように。 いつも美しい写真、楽しませていただき、ありがとうございます! ( Repu - 2017.06.15 21:59 )
  • float cloudさん、コメントありがとうございます。返事遅くなりました。すみません。過分なおほめを頂き、こそばゆいです。つたない文章ですが、書くことによって、自分の考えをまとめようと努めています。当HPに辿りついていただきありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 ( panawang - 2016.05.15 19:44 )
  • こんばんは〜、はじめまして、はんごんたんさん。プロフィール欄がないので、いったいあなたが、どういう方なのかわかりません。 ぼくは、1948年生まれで、4年間、富山大学の薬学部に在籍していました。その間、薬学部の山岳同好会に在籍もしていました。いまも藪山登りをしていて、 3,4年前まで山中に限って、たまに心臓に異常をきたしていました。偶然、この楽しいブログに出会いました。内容もさることながら、文章もしっかりしていて、すばらしいブログだと思い、ここに投稿させていただきました。 ( float cloud - 2016.05.13 20:53 )
  • 337さんいつもどうも。歳をとるにつれて、自分の山も変わってきました。のんびり歩いていると、今まで見えなかったものが、見えてきたりします。楽しみが増えたように思います。 ( panawang - 2015.06.17 05:28 )

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Help にゃ〜ん♪
投稿者: hangontan 投稿日時: 2017-9-12 11:48:17 (64 ヒット)

ローツェ南壁の単独登攀を目指す青年の物語。
トモ・チェセンのローツェ南壁単独登攀は当時の登山界において衝撃的だった。単独無酸素、しかも三日で達成なんて無理だ、不可能に近い。その信憑性について物議を醸し出した一大事件でもあった。
主人公はトモ・チェセンの手記を読んで感動し、彼のルートを辿ることによって、トモ・チェセンがなし得た偉業の証明をなし得たいと決意する。

物語は終盤にくるまで、とても長く冗長的な挿話が繰り広げられる。クーンブ山群やカラコルムの峰々の描写はそこに行ったことのない読者にとってはちんぷんかんぷんだろう。逆に、実際にその山々に入ったことがあるものにとっては、そのときの思い出とだぶらせながら読み進むことが出来る。

主人公とトモ・チェセンとの出会いの中で、彼が山頂付近に残してきたハーケンのことが触れられる。そのハーケンがキーワードになるのかしら、と読み進めてきて、終盤のクライマックスで、やっぱりこんな「落ち」だったのかという結末だった。

物語の相当部分はストーリー性に欠けるが、終盤の臨場感に満ちた登攀シーンがこの物語を救ってくれた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2017-8-6 6:15:14 (64 ヒット)

山を始めて間もなく買って、それから何度も読んだ本。
私にとって「星と嵐」の山行きは遠い過去のものとなってしまった。

黎明期の登攀紀行のバイブルとも言える本書。登攀の一挙一動はもとより、登攀に臨む作者の心模様も素直に飾りけのない文章で綴られている。

山の征服はまず登りやすいルートを見いだすことから始まり、あらかたの未登峰が登りつくされてしまうと、次はより困難なルートからの登頂に目がいくようになる。必然的に登山形態も側壁の登攀が主体なものへと変化していく。それはより過酷な試練を登山者に課すことになり、自然の脅威のもと多くの挑戦者が散っていく結果にもつながった。しかし、その厳しい試練に耐えて成し得た登攀は、挑戦者により多くの達成感、充足感と喜びを与えることになる。

本書には六つのヨーロッパアルプスの名だたる北壁の登攀紀行が綴られている。レビュファはその一つ一つの登攀の模様を唄うかのように語り、あえて困難なルートに挑むことの登山者としての性を見事に表現している。

いま自らの登山の限界を決めつけてしまっている私にとっては、ちょっぴり青春のしょっぱさを思い起こさせてくれるもする。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2016-10-1 4:14:57 (130 ヒット)

探偵くずれの便利屋に舞い込んだ依頼は「槍ヶ岳に登らせてくれ」だった。
そこから始まる軽妙なミステリー。山とミステリー、一粒で二度おいしい、と言いたいところだが、そうは問屋がおろさない。さらっと流し読み。テレビドラマとなれば、それなりの物語に仕上がるかもしれない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2016-9-8 17:51:53 (154 ヒット)

うーん、この作家の作品には良いにつけ悪いにつけ驚かされる。
あまりにも作品ごとの完成度に差がありすぎる。
ナンガパルパットの登攀を通して、なぜ人は山に登るのかという永遠のテーマに迫ろうとしている。
フリーソロで登ろうが、極地法を用いようが、それは個人の問題であって他人からどうのこうのと言われる筋合いはない。山は結果がすべてだ、いや、挑戦する過程にこそ意味がある、そんな想いが全編を通して錯綜する。
「大岩壁」を描きながらも大岩壁のスケール感が全く伝わって来ない。全般的に予定調和の展開で、終わり方もその極地。残念を通り越して哀しくなってしまった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2016-3-19 16:48:24 (162 ヒット)

花だけではなく山歩きの紀行文としても楽しめる。
やわらかな文章は、ほっと肩の力が抜けていくような心地良さ。
手もとに置いといて、ランダムにページをめくっていくのもいいかもしれない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2016-2-18 18:02:37 (190 ヒット)



1996年5月10日、エヴェレストで起こった悲劇について伝える本の四冊目。

なんとこの本は三重県からやってきた。うちの町内にある富山市立図書館の分館で尋ねると、取り寄せてくれるとのことだった。お隣の石川県あたりから来たのかと思ったら、その出所を耳にして驚いた。最近の図書館広域連携がここまでいっているとは・・・。IT革新の恩恵はこうゆうところにまで及んでいる。しっかりとした分厚いナイロン袋に入れられており、貸し出す前に本の状態を確認、返却時に再度確認するという念の入りよう。もちろんブックポストなどに入れてはいけない。それはそうだろう、他県から届けてもらった本、それも貴重な一冊、返却時に汚れや傷があったら大変なことになる。

ハードカバーの重厚な本書は、さすがナショナルジオグラフィック社が創っただけあって、写真もふんだんに用いられている。悲劇の中心にいた公募登山隊のロブ・ホールとスコット・フィッシャー両隊の模様も写真とともに伝えられればより臨場感が湧くというもの。前に読んだ三冊に出てきた過去の遭難者でエヴェレストの高所に置き去りにされたままの『ブルーマン』も載っていて、文字だけでは伝えきれない写真の威力をまざまざと感じさせてくれた一冊であった。

前三冊では悲劇の当事者が生々しい真実を語っているが、本書は当時一緒にエヴェレストにいて行動を共にしていた映画撮影隊IMAXの隊員からの取材を中心に据え、エドモンド・ヒラリー他多くの著名な登山家からのコメントも添えて、できるだけ客観的に本件を捉えようとする姿勢がうかがえる。

当初、IMAX隊は悲劇の起こる前日に頂上アタックする予定になっていた。しかし、一日遅れて登って来るであろうロブ・ホール、スコット・フィッシャー両隊と下山時にかち合うことによる混雑からくる不測の事態を避けるためと、撮影隊だけが登場するきれいな映像を撮りたかった、この二つの理由からアタックを後日にずらしていたのであった。はたして、彼らの予感が的中し両隊はヒラリーステップ付近で大渋滞を引き起こして、その後悲劇への道を歩んでいくことになった。

そして、救出劇のあと、数日置いてIMAX隊は態勢を立て直してアタックに出て、無事エヴェレスト登頂の映画撮影に成功する。迫力満点の映画は世界中に配信され日本でもかなりの反響を得た。(その映画のことはおぼろげながらも自分の記憶に残っているが、当時は、まさかその映画の影にそんな出来事があっとは露にも思っていなかった)

本書ではこの5.10の悲劇の要因について次のように考察されている。

‖神ゆえのもろさ
多勢で登るのだから、事故が起こったら助けてくれる人間がいるかもしれないという考えに陥りがち。結果、遭難の前にいくつかの前兆がありなから、だらだらと進んでいってしまった。
経験不足
公募登山隊が即経験不足とは言えないが、そういう客が含まれていたことも事実で、ガイドの経験不足も本件の悲劇を拡大させた要因の一つ。
2嫉鎧刻の徹底
これはベースキャンプに入ったときから、経験豊かなロブ・ホール、スコット・フィッシャー両隊長らから口を酸っぱくして言われていたという。アタック時点になってなぜその下山時刻が徹底されなかったのか、事故は往々にしてそんなときに限って起こる。というか起こるべくして起こったとも言える。
つ命システムの不備
トランシバーを持っている者が限られており、ベースキャンプからは上部で何が起きているか把握しきれていなかった。命からがらサウスコルに下りて来てビバーク態勢に入っている隊員たちの状況も全くわからなかった。
ヌ技請任任離イド
強靭なガイドであるブクレーエフはエヴェレストアタックにおいても無酸素での行動になんら問題はないと言いきり、無酸素で登頂し、その後も一人で大勢の顧客を残したまま下山する。サウスコルに待機して、万が一の時に備えるため、と述べている。しかし、やはり、彼の取った行動は理解しがたい。この点は「空へ INTO THIN AIR」の著者であり悲劇の当事者でもあるジョン・クラカワーも指摘している。
μ鄂瓦罎┐量桔
何事も『野心=挑戦心』なくては成し得ないが、山においては、それは『無謀=遭難』との紙一重の位置にある。登って無事降りてきてこそが山登り。野心だけが先行すると、状況判断に陰りが生じてしまうことがおうおうにしてある。今回の悲劇はその典型的な例といえる。なんとしても登頂したいという気持ちだけで、心身ともに極限状態で登頂を果たしたとしても、下りの力はすでに残っていない。エヴェレストのような死のゾーンにあってそれは無謀に等しい行為といえる。

インタヴューに応えて、エドモンド・ヒラリーは言う。
『すべてが順調に運ぶ限り、エヴェレストはかなり登りやすい山だ。自分あるいは自分の同行者が死ぬかもしれないという事実はエヴェレスト登頂をあきらめさせるどころか、続けさせる原動力にもなる』

そのような死と紙一重の状況での登山がエヴェレストに人を向かわせる魅力の一つなのかもしれない。

5.10エヴェレストの悲劇について書かれた四冊の本はすべて異なる視点から描かれており、それぞれにおいて興味深く、考えさせられる内容だった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-12-28 19:14:12 (177 ヒット)

原題が「Left for Dead」。
ただ単にエヴェレストの高所においての瀕死状態(仲間からは助からないと置き去りにされた)から生還した驚異的な経緯を述べているのではく、むしろその部分は淡々としていて、山を通しての彼自身の生き方の吐露といった内容の本となっている。

表紙の写真がこの本の内容のすべてを物語る。1996年の5・10の悲劇から奇跡的に生還した直後、凍傷で黒焦げになった顔と両手を包帯でぐるぐる巻きにされたベック・ウエザーズが妻のピーチと抱き合っている。ベックの表情は深手を負った顔からはよくはわからないが、ピーチは本当にうれしそうにベックの胸に顔を預け、彼女の手には一本のバラが力強く握られている。ベックの生還の喜びを分かち合っているだけではなく、それ以上の物語がウエザーズ夫妻にはあった。

5・10のエヴェレスト大量遭難について書き記されたものは「空へ INTO THIN AIR」「デス・ゾーン 8848M エヴェレスト大量遭難の真実」に次いで、これで三冊目。本書は先の2冊から比べてやや遅く出されている。執筆までに時間がかかったのは、ベックが右手を失うといったこともさることながら、この山以前と以後とで彼の生き方と家族との関わり合いについて、家族に感謝を表す意味においても、整理する時間が必要だったのだろう。

その日、ベックがブリザードのサウスコルに置き去りにされた経緯については、「空へ INTO THIN AIR」「デス・ゾーン 8848M エヴェレスト大量遭難の真実」に詳しく書かれていて、本書の内容はそれらとなんら矛盾するものはない。というよりは、当事者としての彼が書くことによって双方の記述の裏付けをしていることになっている。もちろんその生還劇は真に迫っていることは言うまでもない。

ただ、先の二冊はプロガイドによる商業登山の功罪を中心に書かれているが、本書にはそういう記述はきわめて少ない。ベックのひたむきな山への情熱と撞着の中にあっては、遠征に必要な650万ドル(約700万円)は目的に必要なキップ代に過ぎず、『ほとんどのクライマーと同じで、登山はおのれ自身との闘い』だと思っており、サポートするガイドも一緒に登ってくれるクライマー『チームメイト』同様だった。裏を返せば、彼はエヴェレスト遠征に際し厳しいトレーニングを自身に課してきており、ガイドする側される側ということにはあまり意識がなかったように見うけられる。

山には謙虚な姿勢であったこともうかがわせ、エヴェレストに向かうまでは『頂上に立てるかどうかはその時の運であって、下山だけは何があろうとはたさなければならないという常識的な登山理念に従って』おり、ベースキャンプに入ってからも『午後の二時下山時刻厳守――この数週間、みんなに繰り返し叩き込まれていたのは、この点だった。二時までに登頂できるペースで登れないなら、山が暗闇に包まれる前にキャンプに戻ることもできないのだ』と述べている。

にも関わらず悲劇は起こってしまうから山は非情だ。
しかし、一旦死んで、また生き返って、彼はかけがえのないものについての思いを新たにた。そして『新しい人間に生まれ変わる過程』を本書に記したのだった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-12-28 19:13:12 (262 ヒット)

1996年5月10日、アナトリー・ブクレーエフはスコット・フィッシャー率いる営業公募登山隊のガイドとして参加し、ロブ・ホールが率いる営業登山隊とあい前後してエヴェレストの最終アタックキャンプC4を出発し頂上を目指した。そのときに起こった大量遭難の模様は同じ日にロブ・ホール隊の随行記者としてC4を発ったジョン・クラカワーが記した「空へ INTO THIN AIR」で詳しく述べられている。

「空へ」の中で、クラカワーは顧客を危険地帯に残して先に下山してしまったブクレーエフのことを「ガイドにあるまじき行為で惨禍を大きくする要因にもなった」と批判した。これに対しブクレーエフは出版元の「アウトサイド」に弁明の機会を与えて欲しいと彼のとった行為の真実を書き留めた文書を送ったが、アウトサイド側はその全文を載せることを拒否。そのため、ブクレーエフの言い分は宙に浮いた形になった。そういういきさつもあって、本書は「空へ」で名誉を汚されたブクレーエフの反対文書との見方も出来る。

クラカワーはジャーナリストの目から見た営業公募登山隊の表裏と大量遭難の過程を記しているのに対して、ブクレーエフは彼自身の登山に対する考え方を中心に本件を振り返っている。ブクレーエフは『ガイドの援助を大幅に受けなければエヴェレストに登れないような顧客はエヴェレストに登るべきではない。そこのところをはっきりさせておかないと、頂上近くで大きな問題が起こりかねない』とクラカワーに話している。一方、クラカワーは『わたしは、クライマーとして34年間やってきて、登山の一番の価値は、このスポーツが自助努力を旨としているところにあると理解してきた。個人の責任において事に当たり、重要な決定をなすことにある』と、述べている。

ここまでは登山の本質においての考え方に両者にはさほど違いがないように思える。しかし、クラカワーはさらに『だが、ガイドの顧客として契約書にサインした時点で、そういったものはすべて、いや、それ以上のものまであきらめざるをえないのだ、ということをわたしは発見した。堅実なガイドは、安全のために、つねに厳しく監督する、絶対に、重要な決定を顧客の一人一人にまかせるわけにはいかないのだ』と著書の中でのべている。従って、無酸素で頂上に向かったブクレーエフは、8000メートル以上の高所では低酸素からくる予知できない異変(「論理的な思考ができない状態」を含め)が起こり得ることを熟知しているにもかかわらず、ガイドとしての務めを果たしているとはいえない、と言うのである。『自力で登っている限り、無酸素登山は許せる。というより、美的により好ましいものであるけれど、酸素を使わずにこの山をガイドするというのは、きわめて無責任行為』と言えるわけだ。そのうえ、顧客と一体になって行動せず、先に下りてきてしまったのは言語道断というわけだ。

これに対してブクレーエフは『私が無酸素で登頂するのは通常のことであり、私は例外的に無酸素で登頂することができる。私は無酸素で登頂することを了承さていた』と反論する。しかし、『登頂後、下りはじめてから数分後、数人(ロブ・ホールとスコット・フィッシャーの双方の顧客)が一団となって頂きに向かって登って行くのが見えた・・・彼らを見てほっとしたとはいえ、不安は拭いきれなかった。彼らがここまで登ってくるのに14時間もたっていたが、彼らの酸素は18時間分しかない。これまで普通に酸素を消費してきたとして、残りは4時間だ。著上に到達するまでにはまだ30分ほどかかる。彼らが第4キャンプまでおりてくるのに、充分な「酸素時間」はないかもしれなかった』と述懐している。となれば、なおさら彼ら(顧客)と行動を共にし、先に降りるべきではなかったともいえる。

そして、ヒラリーステップの上端で「今日の登りはきつい」と話したスコット・フィッシャーとすれ違った時、「いちばん賢明なのは、私ができるだけ早く第4キャンプに戻ることだ。下って来るメンバーにそなえ酸素補給が必要になった場合にそなえて待機しておくほうがいい・・・このことをスコットに説明し、彼も私の考えを聞いてくれた。スコットも今の状況を同じように見ており、私が下ったほうがいいよということで意見が一致した」と記している。そうであれば、クラカワーが指摘するような『顧客を放り投げて先に下ってしまった』というのは事実誤認もはなはだしい、とブクレーエフは主張する。

はたして、ブクレーエフが危惧していたことが現実のものとなった。嵐の中、ロブ・ホール隊とスコット・フィッシャー隊の混成メンバーが命からがら下って来たが、第4キャンプのテント場を見つけられず、サウスコル近くで生と死の間を彷徨っていたのだ。そのとき、ブクレーエフは午前1時に時速60キロから120キロ以上で吹き荒れる嵐の中、彼らを救出に向かった。しかも、一回目の捜索では発見できず、一旦テントに戻り、再び探しに出かけている。すでに下山していたクラカワーや他のメンバーは疲れきっていて自分の命さえ危うい状態で、とても救出どころではなく、シュラフにくるまって寝ているのがやっとだった。

先に、行き先を見失って彷徨っているうちの二人がブクレーエフのランプに導かれ、テントまで辿りつく。二人に酸素を与え、寝袋に入れたりした後、三たび彼は救助に出発し、瀕死の5名のうちの3名の命を救うことになる。残された二人、ベック・ウエザーズと難波康子はもう助けようがない状態だった。3名を救ったブクレーエフは疲れ果て、テントに潜り込む。朝になって、その場で救助隊が組織され、捜索にでてからまもなく二人を発見した。『二人とも体の一部が雪埋もれていた。顔を覆っている厚さ数センチの氷の殻を叩き割ったとき、二人はまだ息をしていた』しかし、『ベースキャンプへ降ろしていくあいだに、きっと死んでしまうであろうし、他のクライマーたちの命を必要以上の危険にさらすことになる』との判断から、二人ともその場に置き去りにすることになった。(しかし、その数時間後ベック・ウエザーズは凍りついた体から目覚めて彷徨しているところを救助される)

8000メートルの高所でのブクレーエフのこの驚異的な救出活動からすれば、彼は称賛されこそすれ、ガイドの任を放棄したなどとの誹りを受ける筋合いはない。逆に、自分は何もせずに批判めかしたことを書き連ねているクラカワーこそ恥を知れとの言い分もある。しかし、クラカワーが言うように、ブクレーエフがずっと彼らと行動を共にしていたならば、こんな惨劇にまで至らなかったかもしれない。という見方もできる。

結果的には、スコット・フィッシャー隊は当のスコット意外は登頂した顧客に犠牲者は出ていない。ブクレーエフは職責を果たしたとも言える。一方のロブ・ホール隊では難波康子、アンディ・ハリス、ダグ・ハンセンと隊長のロブ・ホールが命を落とした。アタック当日は、両グループが相前後して数珠つなぎになって山頂を目指しており、別々の隊というよりはむしろ運命共同体のようなものであったといえる。そこでは、ガイドも顧客も無秩序に行動することは災難の火種になりかねず、商業登山であればなおさら統率のとれた行動が求められる。クラカワーが言うように、そこには登山の本質などありえず、ガイドするもとそれに従うものがあるのみである。

両隊ともしっかり組織されており、綿密な計画のもとでの公募登山であったと思う。しかし、最後の最後になって、上手の手から水がこぼれてしまった。前もって登頂のタイムリミットを1時ないし2時に設定しておきながら、しかもそのことは隊員みんなの頭に叩き込まれていたはずなのに、アタックの最中にうやむやになり、守りえなかったことが悲劇を生んだ最大の要因だと思う。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-12-28 19:12:06 (331 ヒット)

1996年5月に起こったエヴェレスト大量遭難のルポ。
この本もいつか読む機会が来るだろうと思ってとってあった本のうちの一冊。

登山家でありジャーナリストでもある著者の文章力と作品の構成には光るものがある。登山家としてのエヴェレスト登頂の記録と、記者の目から捉えた営業公募登山隊の実態、そして惨劇の当事者としての手記、そのどれらも中身が濃く、しかもよいバランスで描かれている。

邦題の「空へ」に対して、著者はちょっと違うのではないかと疑問を呈したというが、それも頷ける。その惨劇が起こりつつあったとき、彼は8000メートル以上の超高所でのTHIN AIR の中にいたのであり、何も「空へ」ともがいていたわけではない。それともこのタイトルは、エヴェレストへ登る行為を無限の空へと向かって進む道になぞらえたのか、あるいは惨劇の末に帰らぬ人となったものへの哀悼の意を表したものなのか。

当時、「エヴェレストは500万円出せば登れる、登らせてくれる」という話が巷で広まっており、エヴェレストは商売の格好の対象であった。ジョン・クラカワーはそんな営業公募登山隊の現状を取材すべく、雑誌『アウトサイド』の記者として、ガイド付きエヴェレスト遠征隊に参加する。そして、彼は登頂を成し遂げるのだが、九死に一生をえて帰還する。心身ともぼろぼろになりながら、文字通り命を張ってその使命を全うした。それ故に彼の描く詳細を極めた記述は説得力があり、真実味がある。

個人的にはガイド登山というものに対してはあまりよい印象はもっていない、というか否定的だ。それゆえ、報酬をもらってガイドをする以上、登山中での出来事のすべてはガイドの全責任である、というのが私の基本的な考え方である。一方、500万円も出してまでエヴェレストに登りたいという需要があり、そこに商売が成り立つのも事実だ。しかし、不幸にも登山中にそのガイド自身に異変が起こったとき、ガイドが正常な判断を下せなくなったとき、営業公募登山隊としての機能は消滅し、「客」は自力で対応するしかなく、そのときになって初めて登山の本質と向き合うことになる。8000メートルを超える高所において、それは死と直面することを意味し、結果は時として神の采配にゆだねられることになる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-12-15 19:00:56 (178 ヒット)

1977年8月8日、日本山岳協会主催によるK2登山隊は、1954年イタリア隊の初登以来、23年ぶりに第2登を果たした。そのときの模様を報道として随行した新聞記者が記した登山記録。

日本中から参加者を募り、登山隊員数32名、パキスタンから3名、同行の映画隊を含めると総勢52人。当時としては日本山岳史上最大の遠征隊が結成された。その費用たるや1億5千万円、今の金額にすればいかほどになるのか。スカルドからベースキャンプまでのキャラバンで、32トンの装備、食糧を運びあげるために要したのは950人のポーター、ジープ13台、トラクター20台。バルトロ史上においても最大の遠征隊だった。ポーターの列は5劼砲癸賢劼砲皹笋咾燭箸いΑその規模といい、費用といい、日本の威信をかけた大登山隊だったことがうかがえる。ゆえに、登山隊に課せられた使命の重圧感は相当のものだったに違いない。

当時はまだ登山方法として包囲方が全盛の時代で、大人数交代でキャンプ地を少しずつ上げていき、その過程で高所順応をこなしていく。8120メートルの最終キャンプにいた者がアタックに出て、運が良ければ登頂出来る。登頂できた者、途中までしか行けなかった者、アタック出来ずに涙を呑んだ者。それぞれの隊員の悲喜こもごもも描かれている。
6月16日、5220メートル地点にベースキャンプを設営してから、隊員たちは黙々とやるべきことをこなしていく。圧巻はC4からC5までのルート工作。7450メートルから7920まで高差470メートルを攻略するのに18日かかっている。そしてついに8月8日、7名が登頂を果たした。隊員個々の力量と執念は言うまでもないが、彼らを支え登頂まで導いた登山隊としての指揮系統と綿密な兵站戦略の勝利でもあると感じた。

カラーも交え写真もたくさん載っており、未知の地への紀行文としても十分楽しめる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-12-13 17:46:34 (235 ヒット)

本の帯には『1983年10月8日、運命のその日、エベレストで何が起こったか 世界最高峰の無酸素登頂に挑んだ二つの日本隊。一つの頂点を目指した男たちの生きざまを追う』とある。さらにあとがきの中で『尖鋭的な登山に挑戦した日本屈死のクライマーの栄光と悲劇。イエティ同人と山学同志会が頂上にアタックした日、チベット側から登って来たアメリカ隊がこれまたエベレスト頂上直下で遭遇、日米三隊がかちあい、エベレスト登攀史上空前の登頂ラッシュとなった』と書き記されている。
1983年といえば、自分が山を始める前の年。それまで山にはなんの興味もなかったので、エベレストで起こったこの日の出来事は全く知らなかった。山を始めてから、山の本にも目を通すようになって、そのとき手にしたこの本を通して、初めてその惨劇を知ることになる。
その日の出来事を詳細に追うだけでなく、生と死の運命を分けた男たちそれぞれの山と歩んできた“人生=生きざま”を描いている。人生の不思議は時として何かが起こることが帰結されるかのように刻まれることがある。それまでやってきた何か一つが欠けても、その結果には至らなかったであろうということが起こり得る。そんな思いにさせられた一冊だった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-4-21 19:03:04 (332 ヒット)

森村誠一の「分水嶺」は長年にわたって読み継がれている名作。はたして、この小説の主人公にはどんな人生の分かれ道があるのか、読んでみよう。

と、期待した割には中身は薄っぺらだった。エゾオオカミを追う過去に曰くありげな男と山岳写真家との意外な接点と交流。そしてリゾート開発の裏に隠された物語がそこにかぶさってくる。

作者はあえて「分水嶺」という題名に挑戦したのだと思うが、森村誠一のそれにははるかに及ばない。物語性、人物描写、ミステリー度、いずれをとっても定格的で深みがない。これまで笹本稜平の秀作を何冊も手にしてきただけに、がっかりという感がぬぐえない。弟子の誰かに書かせたのだろうか、と思ってみたくもなる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-3-13 17:35:37 (273 ヒット)

「ゴサインタン」?どこかで聞いた覚えがあるのだが、なかなか思いだせないでいた。作品中にその名前が出て来てガッテンした。ネパールとチベット国境近くにそびえ立つ山「シシャパンマ」のことだった。

なんと緻密なファンタジーなのだろう、読んでいる最中そして読み終えてからも、そう思った。
なんとすぐれたエンターテイメントな作品なのだろうと。

NHK朝のラジオ番組で、パーソナリティーを務める高橋源一郎氏のトークゲストとして作者の篠田節子さんが出ていた。彼女は作品に対する想いやら姿勢などを語ってくれた。時間にしてそう長くはなかったのだけれど、たちまちラジオの前の彼女に共振して、ぜひその作品に触れてみたいと思った。番組中で取り上げられていたのは彼女の最新作「インドクリスタル」、それを求めて図書館検索してみたが、どこも予約がいっぱい。それまで篠田節子のことは何も知らなかったが、たいした人気作家であるらしいことがわかった。とりあえず、というか、しかたなしになんとなく手にとったのがこの作品。

物語は名家で農業後継者の主人公がネパールの女性とお見合い結婚するところから始まる。
話の展開が早く、それでいてぞんざいなところは全くない。挿話のディテイルもちゃんと押さえてあり、丁寧さを感じる。次から次へと動いて行く物語に引き込まれっぱなしで、ページをめくるのが楽しくて、あっという間に時間が過ぎて行った。

山を削って出来たとある新興住宅地の土砂災害が一つの挿話として描かれている。この場面で思い浮かんだのは、昨年広島で起きた豪雨の後の土砂災害。多くの人が犠牲になった。テレビの映像で見る限り、その場所はやはり山を削って無理やり造成してできた住宅地のように思えた。報道や私の周辺からは「あんなところに家を建てるからだ」という声も聞かれた。私も同感。災害が起こるべくして起こった地形にしか見えなかった。災害の後「災害危険地区と知っていたならば家を建てることはなかった」。と被害に遭った人たちが口にする。有史以来なぜその地に人が住んでいなかったのか?それは人が住むべき場所ではなかったからという考えには至らなかったのであろうか。

物語は人間の築き上げてきた文明とそれに付随してきた負の部分との対比を軸として描かれている。この作品はフィクションだが、ずいぶん前に読んだノンフィクション、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジの「ラダック 懐かしい未来」を思い起こした。グローバル社会になって、チベットにも近代風の様式が流れ込み、ヤクの代わりに乳を一杯出すジャージー牛が飼われ、杏の実を入れておく器は木をくり貫いて作った壷から粉ミルクの空き缶に代っていった。それが本当にチベットのためによかったのか否か。そのために失われていったものの大きさに注意を向けるべきではないか。ヘレナはそう投げかけていた。本書の凄いところは、そういう重たいテーマを背景に持ちながら、そんなに理屈っぽくなく、むしろ単純に楽しめるエンターテイメントに仕上がっているという点だ。

終盤、舞台はネパールへと移る。カトマンドゥの街の喧騒と匂いとけだるさが伝わって来る。ここでも作者の丁寧な筆運びが光る。けっしてわざとらしくはなく、理屈っぽくもなく、それでいてエキスだけは逃さず抽出している。よほど練り込んで書かれているのか、それとも作者の感性によるものなのか、やはりその両方から生みだされる作者の分身のようなものなのだろう。

こんな作品に出会うことは本読み冥利に尽きると云うもの。昨年読んだ高田大介の「図書館の魔女」以来の感動ものだった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-2-22 18:51:54 (290 ヒット)

怒涛の一気読み5時間。熊谷達也ここにあり。

先に読んだ「相剋の森」とほぼ同時期に連載初出されている。方や地方日刊紙、方や文藝誌。しかも主題が絡み合っている。だが完成度、読み応えには雲泥の差がある。何で筆圧にこんなに差があるのか不思議でたまらない。

主題が絡んでいるというのは、「相剋の森」で登場した熊田集落のマタギと女性ライター双方共通のルーツがここに描かれているからだ。「漂白の牙」で重要な役割を果たした村田式銃や、短編集で「山背郷」の題材とされた越中富山の薬売りも脇役に登場して、「ウエンカムイの爪」以来のマタギ作品の集大成ともいえる。

熊谷達也得意の「狩り」の場面はこれまで最強の出来、主人公の織りなす人間模様も今までの作品とは一味違う。

さて、物語としてリンクしている三つの作品、時代背景的には古い順に、「邂逅の森」「ウエンカムイの爪」「相剋の森」となる。が、たまたま偶然なのだが、自分が読んだ順に読んでいくのが、驚きや気付きもあって、よいように思う。つまり、「相剋の森」「ウエンカムイの爪」「邂逅の森」とう順。

「邂逅の森」はその評判通り読み応え十分の作品だった。これで熊谷達也とはしばらくおさらばしようと思う。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-2-20 18:32:51 (258 ヒット)

熊谷達也の原点、熊谷達也のエキスがここにある。中編としてよくまとめられた秀作だ。

思うに、この後に書かれた数冊の本から察すると、作者はメインテーマだけでは物足りないと思ったのか、そこにサブテーマを、主に男女間の人間模様を織りこんで、深みのある作品に仕立てたかったんだろう。だが、その辺になると文章使いや筋立てが紋切調というか予定調和に陥ってしまっていた感が否めない。ただ単純に自然と相対する姿勢こそが作者の真骨頂なのであって、とって付けたような「下手くそ」な筋立ては熊谷達也には要らないと思う。
基本的に熊谷達也はハンターそのものであって、それを演じる役者ではない。

「相剋の森」に登場したカメラマンと雑誌編集者がこの作品で登場している。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2015-1-30 17:11:11 (288 ヒット)

「相剋」という言葉の意味をググッてみると、「対立・矛盾する二つのものが互いに相手に勝とうと争うこと」とある。

現代においてクマ狩りは許されるのか否か。

舞台は、新潟県の北端、山形県との県境に位置する岩船郡山北町の熊田集落。そこに生きるマタギに焦点をあて、それを取材する女性ライターの「相剋」を描いている。

主人公の相剋は読者の心の内でもある。クマを生きる糧とした時代はともかく、現代社会においてクマは必ずしもそういう位置づけにはない。そんな中でクマ狩りを続ける意味があるのか。害獣駆除の名の下においての狩猟はどこまでが許容されるか。そういうことを主人公と一体になって考えさせてくれる。

熊谷達也の他の作品同様、どうでもいい話にスペースが割かれている。骨のある主題に添えた味付けがいかにも安易すぎて、定型的。しかし、この作品ではその「ブレ」はまだましの方。それでもこの作品を星三つとしたのは、やはり主題の物語が勝っていたからだ。終盤で繰り広げられる熊田集落に伝統的に受け継がれている「巻き狩り」の場面は読み応え十分。クマを追って仕留める興奮と臨場感に浸る。

なぜ「クマを狩るのか」、それは理屈や言葉で表せるものではなく、そんなのはどうでもいいことのように思えてきた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-10-21 18:29:56 (351 ヒット)

1996年に初版が出ている。

山の世界は「登ってなんぼ」。
その「なんぼ」がけた外れに凄い人たちのクライマー列伝。

世界のトップクライマー17人がインタビューを通して登山とクライミングへの想いを語る。
グレッグ・チャイルドの序文と、「はじめに」と題されたプロローグが現代登山と17人のクライマー達の理解に役立っている。

なによりこの本のすぐれているところはクライマー達の生の声を載せているという点だ。インタビュアーとして著者であるニコラス・オコネルは、クライマー一人ひとりの歩んできた山屋としての人生と生き方、その思想をうまく引き出すことに成功している。実績のあるクライマーの一言一言は飾り気がなく、実に生き生きとしていて、私たちの心に響いてくる。
決して彼らのような領域には入り込めないが、その考えに浸ることが自分の山への動機付けを高めてくれる。

手近なところに置いといて、いつでも何べんでも読んでみたい一冊だ。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-2-25 19:14:01 (484 ヒット)

アラスカのデナリ、カシンリッジに冬季単独登攀を挑んで消息を絶った日本人クライマーの捜索と救出劇を描いたドラマ。ミステリータッチになっていないところが本作品のよいところ。

冒頭からしばらくはステレオタイプの展開が続く。しかし、中盤から後半にかけて、極寒のデナリにもしだいに“熱”が入ってくる。そして、アラスカ州兵のヘリによる主人公のピックアップで物語は一つのクライマックスを迎える。

カシンリッジを越えた「その峰の彼方」に待っていたものは下山時の想像を絶する壮絶なサバイバル。傷を負い、“命からがら”という言葉をはるかに超えた状況にありながら、主人公は現状を冷静に分析し、最善の方法で“生き抜く=下山”を試みる。救出にあたる仲間たちも自らの命を賭けてデナリに入る。「その峰」はそんな両者の想いと重なり、「その峰」の彼方に奇跡が待ち受けていた。

本作品において「その峰」には、さらにもう一つ別の意味合いが込められている。手短にいえば、主人公がカシンリッジに挑む前と、奇跡の生還を果たした後、その間にも一つの大きな“峰”があった。山を越えるこという行為それ自体は単なる山越えにすぎないが、それを通して人は何かを学び感じ取る。山をやっている人間は人生の分水嶺となる山行が時としてあることを知っている。そして、その逆もまた真。

救出された後も主人公は低体温症の後遺症から、病院で生死の境を彷徨うことになる。そんな彼の状況と、彼を見守る彼の妻と仲間たち。ここには荒々しい“峰”ではなく、やさしくたおやかな峰がある。「その峰の彼方」にあるのはやはり希望であろう。

クライミングには人間の経験が凝縮し、山は人生の様々な場面にたとえられる。そんな思いにどっぷりと浸らせてくれた本書だった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-30 18:00:52 (414 ヒット)



敬愛する山屋をただ一人挙げろ、と言われたら、迷わず高桑信一だと答える。
氏には一度も面識はないが、彼の山の活動と生き方は数々の本に刻まれていて、いつしか私にとってあこがれの存在となっていった。
高桑信一は自らを沢屋と言いきっている。彼の沢に対する想い入れは尋常ではない。そして、沢を通しての人とのつながりも濃く深い。また、彼の書く文章は他の山岳愛好家と比べれば群を抜いている。というよりずば抜けている。いっぱしの文筆家と比してもけっして劣らないだろう。沢水のごとくほとばしる感性を素直な筆致で書き綴った山の記録は、単なる記録にとどまらず、一つの芸術作品をみているかのようだ。よどみない文章とけれんみのない文体が豊饒な沢の世界へといざなってくれる。

本書の全てが珠玉の名文なのだが、ほんの一部のみ引用してみよう。

以下引用

ぶ厚く残る谷の雪渓がようやく融けだし、山肌を彩るブナの淡い新緑が少しずつ色を増していく遅い春に、会津国境の小さな沢を旅した。青桐の花の咲く山裾の仕事径をたどると、夏はいちめんの葦が生い繁る広い川原に出た。めざす小沢は、葦原の右奥からひっそりと流れこんでいた。

遭難の防止と、発生時における対応は同次元で語られるが、まったく別のものだと思っていい。遭難防止はソフトだが、遭難発生時の対応はハードだ、といいかえてもいい。

ごくまれにあらわれる天才と呼ばれる人びとを除けば、人生のすべては経験則によって支配されているといっていい。経験を下支えにした継続の力が、さまざまな技を高め、自信をあたえ、導いていくのである。いくら私がゼンマイ採りに惚れこんで弟子入り志願をしたところで、それは四十八歳の手習いにほかならず、柔和にして辛辣な会津のゼンマイ採りたちには、終生私を仲間とは認めてくれないだろう。
何十年も前にほんの少し齧った程度の経験が、いまの登山に通用すると思ってはいけない。登山における信頼すべき経験とは、継続された経験と密度である。

暴風の雪山で、あまりの風の強さにテントすら張らせてもらえず、そのなかに蓑虫のようにもぐりこんでふた晩を耐えた日。薄い布地のむこうに地獄があった。ひとりの女性が、差し出された食べものや飲みものに手をだそうとしなかった。体力をつけておかないともたないよ、という私に、飲むこと食べること自体エネルギーを使う。それに、飲んで食べれば出るものは出る。女性にとって、この強風地獄でのトイレは死に等しく、それならいっそ、飲まず食わずで耐えるほうを選びたい、と答えた彼女の言葉を忘れない。そのしなやかでしたたかな逞しさを見るがいい。男はどうあがいても、彼女たちにかてそうにないではないか。

山の会など、結局のところ虚構であり、泡沫にすぎない。山で飯が食えるわけではない。ロープを結んで命を支えあったとしても、家庭や仕事にかなうはずがない。思いを共有したからといって、その関係が永続するとはかぎらない。さまざまな人生と価値観を交差させて、人は離合集散を繰り返すのである。

渓にめぐりあって多くの友と仲間を得た。長く遊び続けてこられたのは、彼らの存在によるものだろう。仕事より遊びのほうが人の関係はむずかしい。仕事という大義名分で逃れられても、遊びそのものは仕事と無縁であり、純粋に遊ぼうとすればするほど、相手をきちんと見据えた関係を築かなくてはならないからだ。だからこそ彼らはかけがいのない存在であった。傍若無人にふるまってきたが、人生など所詮プラスマイナスゼロである。じたばたするまい。悲惨な老後まで、まだ少し間があるはずだ。いま少し渓をみつめていよう。それが共同幻想だったとしても。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-12-7 18:17:16 (331 ヒット)

読んでいて、舞台劇が目に浮かぶ。
幕が開くとそこには背景に雪の山が描かれ真ん中にいろりを切った一軒家。
そこに住まういわくありげな夫婦と訪問者。深く雪に閉ざされた中で時間がゆっくりと過ぎていく。だが、そこで語られる物語は愛する者への狂おしさと凄まじいまでの執着心。静かで凍えるほど冷たい雪の山とは対称的な激しく熱い独白。
山は登場人物に心の内を吐きださせ、人はもがきにもがいて山に挑もうとする。しかし、最後には雪山が全てを包みこんでしまう。そして人の心にも山にも静寂が訪れる。降り積もる雪の余韻を漂わせて幕が降りる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-10-29 17:29:55 (366 ヒット)

山の本に入れるかどうか迷ったが、題名と、山に生きる木地師を描いていることから、山の本に分類した。

物語の先行きに胸躍らせるというよりも、ひたすら字面を追って、その場面場面に浸りきる、そんな風に読んでいく作品だ。文章使いは丁寧で、其処に描かれている主人公もそうだが、作者の実直な性格が伝わって来るようだ。妙な挿話もなく読んでいて安心感がある。宮尾登美子の男性版という感じがする。

この本の中にも描かれているが、木地師のルーツは志賀の近江にあるらしい。良質な木材を求めて、木地師は山から山へ、国から国へと移動していった。「ハタ」という名字が秦に所以があるように、木地師の場合は「小椋」姓が受け継がれていった。今でも木地師の里には「オグラ」という姓が残っているところは少なくないという。その先祖を辿っていくと、そのルーツは近江に行きつくことになるのかもしれない。

また、木地師の墓の中には天皇家の菊のご紋を使う墓を見ることができるという。私が仕事で訪問する群馬県の山間の村の上野村にもそれが残っている。そこには十六の菊の紋章の石塔があるのだそうだ。この紋章は近江の小椋の里に隠棲された五十五代文徳天皇の第一皇子惟喬親王を祖と仰ぐ木地師のみに許されたものだという。天皇家以外はむやみに使用してはならないとされる菊のご紋を許された木地師はいかなる存在であったのか、どうやってこれまで生きながらえてきたのか、またその末裔は今現在どのような暮らしを営んでいるのか、興味は尽きない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-12-26 5:23:56 (347 ヒット)

ニュージーランドの秀峰「アスパイヤリング」のツアー登山で起こった遭難事故。生き残ったガイドが殺人の罪で告訴される。事故は防げたはずという未必の故意が争点となっている。

ガイド登山の遭難事故が報じられるたびに「ガイドの責任はどこまでか」ということを考えさせられる。遭難には様々な経緯、状況があり、一概に論ずるのは難しいという向きもあろうが、私は、お客さんの疾病に起因する場合を除いて、事故の全責任はガイドにあると考えている。お金をもらって、お客さんを山に案内する以上、あらゆる危険性をガイドは考慮しなければならない。安全登山こそガイドに求められる最低の責務である。もし、落石だとか、雪崩だとか、雪庇の崩落が想定外で不可抗力だったといって、責任逃れをするならば、はなからガイドの資格はない。ガイドになるからにはそのくらいの覚悟で臨んでほしい。ただ、それを告発するかどうかは、また別の問題。

さて、本作品では、登頂後の下山中、自然落石が原因で複数の犠牲者が出てしまう。ツアー登山のガイドである主人公は身の危険を顧みず、必死になってツアー参加者を助けだし、下山させようと試みる。その命を惜しまぬ活躍ぶりが物語の中心をなしている。読者は当然ガイドに責任があるはずがないと導かれる。しかし、裁判での判決は有罪。客観的にみればそういうこともあり得るということだ。

だが、なにもそんなシビアな目で読まなくてもいい。アスパイヤリングの魅力は十分に伝わってくるし、どっぷりと山の中に浸らせてくれる作品となっている。

気になるのは、人称の使い方の違和感、紋切調の表現が目立つというところ。この傾向は笹本稜平の作品全般にみられる。しかし、この”くせ”は自然に身についたしぐさのように、なかなか修正できないのかもしれない。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-12-13 9:27:22 (335 ヒット)

今日の朝刊をみていて驚いた。笹本稜平の「春を背負って」の映画化の記事が載っていた。

自分がつい最近読んだばかりの本の映画化という、不思議な符合に驚いたのだった。しかも、その本は山の本を探していて、なにげなく手にとった一冊だったから、なおさらだ。映画化と自分のとった行動はまったく別の次元で進行中だったのだが、こうして妙な一致をみると、見えない糸に導かれていたのかもしれない。書架に並ぶ数ある本のなかから、この一冊の背表紙に手をかけた瞬間に、それは運命付けられていたのだろう。

監督は映画「剱岳・点の記」でメガホンをとった木村大介さん。「剱岳・点の記」では剱岳の壮絶な自然をスクリーン化した印象が強かった。今回は、原作から抱いたイメージからすると、たおやかな山の風景と人間模様が描かれるものと想像する。

しかし、なぜ富山発山岳映画二作目としてこの作品が選ばれたのだろうか。その点が気になるところ。確かに笹本稜平は山の本としては今一番油がのっている、言わば旬の作家だ。作風は本書のような穏やかなものと、山岳アクションを交えたミステリーものとの二つの路線がある。どちらをとるかは微妙なところだが、山に生きる人間模様に重きをおくならば、前者になるのだろう。

最近読んだ中では、森村誠一の「エンドレスピーク」も当然映画化の対象とされていると思うのだが、なにぶんスケールが大きすぎて、まとめるには大変。しかし、昨今の山ブーム、当たること間違いはないと思う。

それにしても映画「春を背負って」、立山周辺が舞台となるようだが、自分としては大日岳のイメージを小説から抱いていただけに、ちょっと残念。大日周辺だと、ちょっとインパクトが薄いのかも知れない。でも、私の好きな大日が、そっとしておかれるというのも、それはそれでいいことではないか。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-12-9 6:38:49 (307 ヒット)

ほんわかな読後感が残る作品だ。

甲武信岳の山小屋が舞台となっている。この山域はあまりなじみがなく、尾根や登山ルート、山小屋の位置関係などに執着しなくて済む。山の小説を読んでいると、とかくそういった細かな点が気になるものだ。したがって先入観なく、物語に入っていくことができる。

山は人との関わりが無ければただの風景にしか過ぎない。そこに人がいるから山は生きてくる。そしてまた人も生かされる。

読みながら、大日平にある小屋とそのご主人を思い浮かべていた。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-11-15 6:44:06 (390 ヒット)

女性クライマーには美人が多い。
フリークライミングで多くの偉業を成し遂げその伝説となった彼女。そして、女性クライマー美人説を象徴するのもこの本の筆者であるリン・ヒルである。

表紙を飾る写真をみれば、クライミングに興味があろうとなかろうと誰もがこの本を手にとってしまうだろう。その精悍ともいえる整った顔つきと、岩壁の次の一手を見つめ、獲物を見据えるヒョウのような眼差し。そして岩と一体化した手と足、研ぎすまされた体。彼女のまわりの空間までもが張り詰めたクライミングの一部であるかのように彼女を包む。そして、巻頭に並ぶ究極のクライミングシーンを写した写真の数々、それらがこの本の内容以上のものを物語っている。

彼女の初めてのクライミングとの出逢いと、そして、その後フリークライミング界において数々の金字塔を打ち立てることになる、その彼女のフリークライミングの人生を綴っている。とともに、自らがその流れの中にあったフリークライミングの黎明期から現在に至るまでのクライミング技術とクライミングに対する捉え方の変遷もうまく描かれている。

なにより重要なことは、彼女には常によきクライミングパートナーがいて、大勢の仲間達がいたことだ。彼らとの出逢いがなければ、いくら才能のある彼女でもあれだけの偉業は成し遂げられなかったであろう。フリークライミングが本当に好きだということ、そして仲間達への賛辞と感謝の気持ち、そういう思いも本書からひしひしと伝わってくる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-11-7 18:03:20 (293 ヒット)

山を題材とした森村誠一の作品は実質上「エンドレスピーク」で終わった。そのあとに出された三部作はとても彼本来の作品とは思えない。誰か、他の彼の弟子が出筆したのではないか、そう思われるほどの出来具合。

そこで、原点に返り、初期の頃の作品を読んでみることにした。

この作品は昭和48年に書かれている。私が手に取ったのは昭和60年頃、30歳前後だったと思う。山登りを始めてから、山岳関係の小説を探しているうちに森村誠一に出会ったのだと記憶する。

後立山連峰の白馬岳から唐松岳に向かう9月の稜線上、そこで起こった遭難事故から物語は始まる。時代は高度成長期、財界と政界とが密接な関係を築いていた。そして、商社がその地位を盤石にしつつある時期でもあった。一方、原子炉開発に関しては、当時はまだ、核兵器への脅威とのジレンマで世論が右に左に揺れ動いていた。

以上のモチーフを背景としながら、男女の愛を描きつつ、密室殺人のトリックも盛り込み、最後には「うーん」とうならせる結末。いわば、おもしろさてんこ盛り。あろう意味、欲張り過ぎの作品と言えなくもないが、森村誠一の魅力が凝縮された作品といえる。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-2-17 18:18:34 (332 ヒット)

いかにも森村誠一の作品にありそうな題名。
「純白の証明」「青春の雲海」につづく山岳三部作の最終巻、というのだが。

これまで読んだ二作品もそうだったが、この作品も中身がまったくない。それどころか、三部作の中では最低の作品となってしまった。この作品からくらべると、最初に出された「純白の証明」がまだましと思えるくらいの出来。

唯一の読みどころといえるのは「著者あとがき」くらい。これだけは森村誠一の意志が感じられる。

「青春の幻影を山岳ミステリーに具象化させたかった」と森村誠一は言っている。

その意味合いはなんとなくわかるのだが、作品としてはいずれも低レベルに終わっている。
もっと、しっかりとした山岳小説を彼には期待していたのに。

「エンドレスピーク」を頂点に、森村誠一の山は終わってしまった。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-2-16 18:16:50 (393 ヒット)

個々の疾病については、それを知ろうと思えば様々な方法がある。今の世ならばネットで検索するのが手っ取り早い。症状についての詳細、治療法や対処法について相当詳しく知ることが出来る。

しかし、登山中の不具合と関連付けて記載されたものは意外と少ない。また、お医者さんにしても、山をやっていなければ、山行中での不具合について、100パーセント患者側に立って理解し、処置、指導するのは難しいのではないかと考える。

近年になって身に起こって来た登山中に起こる突然の体調の不具合について調べていたときに出会ったのが、この本だった。この本で「日本登山医学会」なるものがあることを初めて知った。

日本の医療はより細分化、専門化されてきているが、登山中の疾病についても適切な見識が求められ、患者側(登山者)もそれを求めている。
より登山について詳しいお医者さんに診てもらいたいと考えるのは小生だけではないだろう。登山中に同じ経験をしたことがあるお医者さんならば言うことなし。

小生が知りたかった循環器疾患について、山での疾病すべてに言えることだが、「最大の対策は予防である」と言いきっている。すなわち「循環器疾患は急速に進行し、都会でも分単位の診断・治療を要する。ましてや登山中に発症すると致命的であり、迅速な搬送なくして救命は難しい」からだ。

さらに、「登山中に起こる循環器救急疾患の特徴と発症時の対策」については、要点をまとめ一覧表にしてわかりやすく解説してある。自分の症状と照らし合わせるには好材料となるであろう。

他にも登山中に起こりうる様々な疾病も網羅されており、登山者、特に中高年登山者にとっては一読の価値があると思う。もちろんお医者様方にも。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-2-14 19:38:59 (309 ヒット)

山岳ミステリーとしてはなかなかよくできている。

あとがきで著者が言っているように「山とミステリーの融合は難しい」

そこをよく練り込んだ筋立で乗り切っている。

単独で出かけた女性の遭難が事件の底にあり、それにからんだ様々な人物が登場してきて、犯人探しの醍醐味もある。

しかし、架空の山の設定に若干の違和感を覚えた。周辺の山域や最寄りの町が実名で出てきているのに、対象の山や尾根が架空の名前となっている。なんとなくその場を想定しにくい。

また、何年もかけ何度も何度もチェックを行ったとのことだが、それでも腑に落ちない表記があった。山での岩登りを「岸壁登攀」としたり、「剣岳」と「剱岳」が混在していたり。

そういった詰めの甘さも作品の完成度に影響を及ぼすものだ。


投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-1-17 18:25:47 (414 ヒット)

先に続けて読んだ「純白の証明」「青春の雲海」と、二冊ともに、期待を裏切られ、今度こそはとは手に取った一冊。地元北日本新聞をはじめ多くの新聞に連載されたというから、それなりの内容のはず。

だが、今回もまたまた期待を裏切られてしまった。
「森村誠一はいったいどうしちまったんだ」と、つまらなさに斜め読むことしきり。

森村誠一の作品もまた類型化してしまっている。そのパターン化にしても、心地よさがまったく感じられない。字面こそ埋め尽くしてはいるが、上辺だけで、内容がともなっていない。同じパターン化にしても、昨年自分の中で大ブレークした池井戸潤とはえらい違いだ。

それとも私の読みが足りないのだろうか。今や大御所作家のはずなのに、この出来の悪さは不思議でたまらない。

物語は沖縄の知覧特攻隊基地から始まる。愛する女性のために二度も三度も口実をつけて特攻から戻って来る隊員。必死の命に背いて、生きながらえるため、特攻機を駆って単身中国大陸に向かった隊員。彼らの末裔たちの織りなすドラマ。これが、一つの類型。この部分で新聞読者の心をつかんではいるのだが。

軍事政権で揺れる東南アジアの某国から逃げてきている民主派指導者をかくまう非政府組織。この集団が浅田次郎ばりの個性派集団。その中の一人の女性が外国要人の特別供応係り。これもまた一つの類型。

主人公を取り巻く麗しい女性たち。主人公はあくまでいい人物である。

その女性たちや個性派集団を引き連れて山に入り、登攀シーンを繰りひろげ、山の世界を垣間見せる。これもまた他の作品に使われた手法。

今回はおまけとして、民主派指導者を抹殺するために送り込まれた八人の殺人集団が余興として登場。なんとも漫画チックでおバカな役回りを演じている。

そして最後にくるのは、ヒマラヤ山脈の末端に位置する某国にある未踏峰アグリピークへの大遠征。ここの場面にかなりのページが割かれている。資金力にものを言わせた三カ月にも及ぶ大キャラバン。相当大げさな大名行列だが山の話としてはいくらか見ごたえはある。

他の作家にはまねのできない、森村誠一得意の山の描写が冴えわたる。

そして、最後の最後にきて、主人公らを襲う悲劇。頂上アタックの帰路、殺人集団の最後の残りの一人がしつらえた罠にかかって、アタック隊は稜線から転落。4人のパーティーは一本のザイルで宙吊りとなってしまう。そして切断。これもまた類型の一つ。

正直言って、山の話にくるまでは、なんとも支離滅裂型の内容といっても過言ではない。特攻隊の末裔が見えざる運命の糸によって引き寄せられ、困難を共にし、そして一つの目的に向かって道を切り開いていく。それが物語の主題をなしているのだが、それにボリュームをもたせる肉付けがうまくいっていない。

直前に読んだ「青春の雲海」でも感じたが、この作品も「題材やそちこちに散りばめたプロット、プロットはまぁまぁだと思うが、筋立てや伏線の張り方が安易すぎて深みと面白みに欠ける」という印象だ。

加えて、この作品は多くの新聞に連載された作品。冒頭の特攻隊のつかみから某国の民主化運動に絡んだ序盤からは、新聞読者はある程度の期待を抱いていたはず。それが、物語が進んでいくにつれて、作者は深いロジックを組み立てられなくなり、へんてこりんな殺人集団の登場や、抽斗にあった過去の作品のモチーフを拝借して、それらを危ういながらも繋いで最後のアグリピークの遠征までもっていった、との印象が残る。

その辺を、生で読んでいた新聞読者はどう捉えていたのだろうか。そして、この作品を掲載した新聞社はいかに。


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