本棚 : 「満州国演義 全9巻」船戸与一 著 ★★★★★ 新潮社
投稿者: hangontan 投稿日時: 2021-12-18 11:16:47 (88 ヒット)

30年ほど前になる。いわゆる「満州帰り」という方の話をいくどか聞いたことがあった。その内容はおしなべて、「とても良い暮らしだった」「お手伝いさんもいて、贅沢三昧、よい時代だった」「ところが、戦争に負けた途端にお手伝いさんを含め満州人の様子が手のひらを反すようにがらりと変わった」「命かながら、引き上げ船に乗って帰国した」「裸一貫から、がむしゃらに働いて人並みの暮らしができるようになった。それは大変だった」、というもの。
以来、満州では日本人はみな良い暮らしをしていて、終戦を境にその生活が激変した、という漠然とした印象が私の中にはあった。

しかし、本作品を通して、その曖昧な私の概念はがらがらと崩れ落ちた。実際は、そんな良い暮らしばかりだったわけではなかった、開拓団として入植してきた人々然り。もともと満州に対する歴史的認識に乏しかったので(ほぼゼロに近い)、ここで語られることはまるで歴史の講義を受けているかのような感があった。

満州という国は単に満州一国で完結する話ではなく、ドイツ、ソ連、イギリス、フランス、イタリア、そしてアメリカ、もちろん日本も含めて、当時の各国の時代背景と密接に結びついている。本書はそういう満州国の歩みを小説という形で知らしめてくれている。

学校で習うのは、史実上の点だ。こういうことがあたった、満州事変とは、盧溝橋事件とは、蒋介石がどうした、ナチスドイツは、ムッソリーニは、ポツダム宣言とは・・・。作者もあとがきで記しているが、歴史は点と点が線になり、それが面へと発展し、しまいには空間となる(戦争の形態を模して)。いわば、いくつもの事象が有機的に結びついて歴史を形成していく。それは当然今にも通ずることなのではあるが、満州はそれがとても密に、凝縮された時代だったといえるのではないか。そして、悲惨な末路に至った我が国の大戦への認識もまた新たなものとなった。

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