本棚 : 「ザー・ロード」 コーマック・マッカーシー 著 ★★★★ 早川書房
投稿者: hangontan 投稿日時: 2010-11-12 18:09:05 (448 ヒット)

奇妙な小説だ。父と子がカートを押しながら旅をしている。野宿をしながら、焚火にあたりながら、寄り添って毛布にくるまり寒さをしのぎ、防水シートの下で眠る。食べ物もろくにとらずに、というか食べるものが手に入らない、ひたすら歩き続ける。毎日、毎日。ただそれだけの話。最初は、居場所を追われた親子の逃避行かと思ったが、読み進むにつれてそうではないことがわかってくる。

おそらく核戦争によりなにもかも破壊された世界であろう。行けども行けども、廃墟と化した街と灰に覆われた大地。食べ物や水を見つけられなければそれはすなわち死を意味する。生き残ったもの同士の悲惨な戦いもある。父と少年は生き延びるために過酷な闇の世界を彷徨い続ける。「火を運んでいる」と物語では言い表されている。父は少年に語りかける。「寒くはないか」「食べてごらん」「そこで待っていろ」少年はそれに答える。そんな会話が幾度となく交わされる。父は少年にしてやれることの全てを試みる。時間経過が一直線で伏線というものは全くない。ミステリーと違って、誰が犯人かとか、どんなトリックがあるのだろうか、などと考えなくてもいい。ただそこに書かれている情景を見さえすれば話が進んでいく。はたしてこの物語は行き着く先があるのか、ハッピーエンドがあるのか。ただそれだけが気がかり。天使のように純真な少年はスティーヴン・キングのファンタジーを思い起こさせ、父が子を守りながら連れ立っていくさまは「子連れ狼」を連想させる。

いつの間にか、少年を我が子に重ね合わせて読んでいる。「お父さん、お父さん」と呼びかけてくれた幼い頃を思い起こす。常にかたわらに寄り添う幼子と二人っきりで旅をしたならどんなにか楽しいだろう。似たような体験があるとすれば、息子とテントを担いで歩きまわった山登り。あのときはここに出てくる父親のように振舞っていた自分があったような。同じような会話をしていたような。息子は素直にこの私に従ってくれた。私も息子の話を聞いてやった。

読み終えてから知ったのだが、マッカーシーはこの著書でピューリツアー賞の栄に輝いた。心の琴線に響く作品であることは間違いない。

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