本棚 : 「鉄の骨」池井戸潤 著 ★★★ 講談社 31回吉川英治文学新人賞受賞
投稿者: hangontan 投稿日時: 2011-10-20 18:21:30 (291 ヒット)

池井戸潤は業界の内幕を題材とした作品が得意だ。銀行に勤務したときの経験がものを言っているのだろう。業界のダーティーな部分をあぶり出し、それに立ち向かう主人公が痛快で、最初の二、三冊はそれが“新鮮”に映った。取り上げられた業界では必読の書となるだろうし、その業界の外の人間にとってはにわか業界通にさせてくれる。

文章、文体は平易で今風、読みやすい。悪者が完全な悪ではないのがこれまで読んだ作品の共通点。悪者の弱さ、人間味にほろりとさせられる場面もある。単なる企業小説に終わらず、読後には不思議な充足感と心地よさが漂う。この感覚は池井戸潤独特なもの。その辺が多くの読者に支持される所以なのだろうが、もっと重厚で力強さが加わった作品も読んでみたい気がする。

今回白羽の矢が立ったのはゼネコン業界。中堅建設会社一松組に勤務する富島平太が主人公。平太は学卒後三年間の現場勤務を経て業務課に転属となる。業務課の別名は談合課。二千億円の地下鉄プロジェクトの入札を巡って、業界では“調整”が影で進行していく。

この調整なくして入札は考えられない、というのがこれまでのゼネコン業界の常識。ゼネン業界は大手数社を頂点として、その下に中堅ゼネコン、その下請け、孫請け、そしてそれにつながる諸々の業者で構成さている。業界全体の生き残りのため、そしてそれらが抱える何十万人もの家族のためには、業者間の調整がかかせない、という。

その悪しきしくみは本当に業界にとってプラスとなるのだろうか。平太は悩むが、行き着いたのは企業人としての自分の位置。なんとしてもこのプロジェクトをとりたい一松組は新技術による画期的な工法でコスト削減に成功し、他社を先行する。平太は悩むが、一松組も最後の最後まで、調整に乗るかそれから外れるかで右に左に大きく揺れ動く。一方、検察特捜部も談合の匂いを嗅ぎ取り、次第に的を絞りつつあった。調整は波乱含みの相を呈し、入札の日を迎える。

生き抜くために必死に働いている企業戦士がここにもいた。長年調整役を勤めてきた業界の影のドンの苦悩。その彼と平太との交わり。また、一松組の取引銀行に勤務する平太の恋人との顛末。入札情報漏えい疑惑と政界大物との関係。収賄のために仕組まれた複雑な金の動き。おもしろみ要素がふんだんに盛り込まれながら、物語り全体としてのバランスも申し分ない。

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