山の本 : 「エンドレスピーク」 森村誠一 著 ★★★★★ 角川春樹事務所
投稿者: hangontan 投稿日時: 2011-12-9 20:54:19 (439 ヒット)

昭和十六年、日本にはきな臭い匂いが立ちこめていた。

その年の夏、女性一人を含む五人の若者が槍ヶ岳の山頂に立った。いつの日にかまた五人揃って再び槍ヶ岳に集うことを誓い合い、その証として、山頂の小石をそれぞれが持ち帰った。日本、アメリカ、中国に散らばっていった五人の青春物語。

戦後五十年を機に出筆され、朝刊紙に連載されたという。それから今はさらに十五年が経過している。

森村誠一ならではの、重厚で奥の深い作品である。それでいて品格もある。

戦後五十年といえば、まだ戦場経験のある人々が数多く残っていた。戦争の話を聞きたければ、その人達が語ってくれた。聞こうと思えば、直接その人に会って話を聞くことができた。

小生のお得意さんの中にも、満州引き上げぐみや、シベリヤ帰り、南方洋上から帰還した人たちが少なからずいて、その方々から生々しい話を数多く伺った。自分の子や身内には話さなくても、他人には話して聞かせるという方がほとんどだった。小生の父からも戦時中の話は聞かず終い。父もあえて語ろうとしなかった。自ら話してくれれば、私には聞く用意はあったと思うのだが、父が逝ってしまった今となっては詮無い話ではある。

たまたま、この小説を読んでいる最中に、父と予科練で同期だった人に会うことが出来、当時の状況を聞くことができた。その方の奥さんも同席していたのだが、その内容は、奥さんですら、何十年と連れ添っていて、一度も聞いたことのない話ばかりだった。当時予科練や予備学校の最年少部類にはいる年代の方たちも、すでに85歳前後。あと何年かすれば、その方たちの大方はいなくなってしまう。父を含めその方たちの年代は、特攻隊志願者も多い。話を伺ったその方も、ただ「現物」がないため本土で足止めをくらって、言わば順番待ちの状態で終戦を迎えたとのことだった。

作者がこの作品を書いた頃、15年前、まだ、その体験者が大勢残って、直接話を聞こうと思えばそれが可能だった。しかし、あと数年もすれば、戦争の記憶の伝え手がいなくなってしまう。 一次情報が得られなくなるということは、二次情報に頼るしかない。その意味においてもこの作品の持つ意味合いは深い。

テーマは戦争。それを描いた小説はそれこそ山のようにある。それらを決して数多く読んできたわけではないが、この作品は、その中でも最上級として位置づけられるものと思う。

悲惨な場面も数多く描かれており、涙すること多々。しかし、五人の主人公らを含め青年の純粋で前向きな気持ちが全編を通して描かれており、その悲しみを明日への勇気と希望に変えてくれる力が本作品にはある。

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