本棚 : 「ワイルド・スワン 上・下」 ユン・チアン著 ★★★★★ 講談社
投稿者: hangontan 投稿日時: 2012-5-2 18:54:48 (312 ヒット)

題名の「ワイルド・スワン」とは著者自身の名前「鴻」(おおとりを意味する)に由来する。

分厚い上・下二巻の本だが、その長さを全く感じさせない。

『十五歳で、私の祖母は軍閥将軍の妾となった』いきなりこんな書き出しで始まるこの作品。これからいったいどんな物語が綴られていくのだろうか、その期待感を裏切らせない波瀾万丈の物語。

ときは1924年、祖母の物語から、著者の母、そして本人がイギリスへ留学する1978年まで、三代にわたる家族の生きざまが描かれている。

事実は小説より奇なりという言葉があるが、そんなうすっぺらな一言で済まされない凄まじい物語。迫力があり、それでいて文章に力が入るわけでもなく、説明的にすぎることなく、すなおな筆致で、淡々と事実が描かれている。

あまりにも信じがたい狂気と迫害に満ちた異常な世界がそこにあるのに、全編を通してこの作品に漂うすがすがしさと、あたたかみはいったいなんなのだろうか。その辺がこの作品の魅力であり、多くの人々が引きつけられる所以であろう。

この作品を読んでいる最中は、著者の数奇な運命にのめり込みっぱなしであった。しかし、読み終えて、一息ついたとき、ふと「今を生きているのは著者だけではない」(当たり前のことなのではあるけれど)ということに気付かされた。今中国に生きているすべての人々みんなにこんな凄まじい物語があったのに違いない、みんなこんな過酷な時代を生き抜いてきたのだ、と。

得体のしれない国「中国」に少しでも近付けたような気がする。

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