本棚 : 「錦」宮尾登美子 著 ★★★ 中央公論新社
投稿者: hangontan 投稿日時: 2013-6-24 21:38:49 (388 ヒット)

宮尾登美子の作品は一服の清涼剤のようなものだ。

作品中によく出てくる「裂」という言葉。「きれ」なのだが、小生は子供のころから布切れのことを「きれ」と言っていたが、こういう字だとは初めて知った。なるほど、辞書には「織物の断片」とある。
龍村平蔵(作品中では菱村蔵)の年代記。といっても、彼のことを知ったのはこの本を読んでから。明治から昭和にかけて、西陣に新風を吹き込み、織物を芸術の域まで高めた人物。「龍村の帯」といえば、知る人ぞ知る帯なのだそうだ。

その帯からこの物語は始まる。宮尾登美子にしては珍しく、男が主人公。といっても、脇を固めているのやはり女。吉蔵の妻のむら、おめかけさんのふく、ともう一人、吉蔵を慕って押しかけ付き人となった仙。吉蔵の織りなす豪華絢爛の織物と同様、彼女らが縦糸にも横糸にもなり、物語に彩りを添えている。

それにしても吉蔵の「錦」にかける執念は凄まじい。それが本作品の一つのテーマとなっているのだが、そこが作者独特のやわらかな文章で綴られているものだから、今一つ迫力が伝わってこない。仕方がないと言えば、それが宮尾登美子の世界なのだから、そうなのだけれども。だが、宮尾節はやっぱりいいなぁ。心が落ち着くというか、一息つかせてくれるものがある。

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