本棚 : 「薩摩風雲録」 柴田宗徳 著 ★★★ 郁朋社
投稿者: hangontan 投稿日時: 2014-2-15 18:29:03 (514 ヒット)

鳴海章の「薩摩組幕末秘録」つながりで手に取った一冊。
ここにも越中富山の売薬さんが登場する。今回は公儀隠密として薩摩藩の内情を探る役目。越中売薬は特別な鑑札を持っていて全国津々浦々に入り込むことが出来た。薬商売の上がりは相当なものであって小藩の富山藩の財政はかなりそれに頼っていた。その影響は、明治、大正、昭和へと続き、富山の経済発展の基盤となっていた。薬商売だけではなく各地の様々な情報も持ち帰って、お互いにそれを交換しあって、またそれを各々の商地で役立て、お得意さんとの信頼関係を築き上げていった。農耕の技法や種の紹介などはその良い一例である。いわゆる「つなぎ」役としての役割も担っていたといえる。ご公儀がその情報網を利用していたとしても不思議ではない。世が世ならばCIAのエージェントといったところか。本作品の中で売薬さんはまさしく「つなぎ」として登場する。それに対して、薩摩側での情報源は「草」と呼ばれ、これもまた世を忍ぶ仮の姿を持っている。

幕末の薩摩藩の活躍は、豊富な資金があったからこそという見方もある。「薩摩組幕末秘録」にも登場したが、家老の調所広郷がひっ迫した藩の財政を立て直し、かつ莫大な資金を備蓄していた。だが、調所は島津斉彬らの策に貶められてしまう。その意趣返しとして、維新の立役者となった西郷隆盛、大久保利通をはじめとした斉彬派は調所派によって弾圧を受けていた。時を経て、調所が備蓄した資金が西郷隆盛、大久保利通らの活躍の支えとなったとは、なんとも皮肉な成り行きである。(本作品は西郷隆盛、大久保利通らが登場する以前の物語)

物語は主人公の趣法方高橋源之進を中心に推移する。「趣法方」とはこの物語で初めて知って、よくわからない役職なのだが、藩の管理部門であることは話の中からなんとなく伝わってくる。越中売薬の伏見屋が源之進宅を訪問し、「つなぎ」と「くさ」を演じる。財政改革の薩摩藩の模様を底辺に置きながら様々な物語が源之進を絡めて描かれていく。薩摩藩から虐げられていた一向宗と農民の姿(現在我が家に毎月来ていただいているお坊さんの読むお経が、そのまま活字になっているのをみて驚いた)、藩が行う奄美を通しての抜け荷、貿易を迫るフランス、イギリスなど外敵の脅威へスタンス、斉彬派と調所派との確執、そしてそこから降って湧いた「お由羅騒動」。幕末の混沌とした薩摩藩の一場面、そこに我々越中売薬の仲間が一枚噛んでいたとはなんともロマンチックな話ではないか。

簡潔で飾り気のない文章は読みやすく、論理的破綻もなく、しかも物語性は十分。中編としてよくまとめられた作品だと感じた。

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