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本棚 : 「パリは燃えているか?」 ラリー・コリンズ ドミニク・ラピエール 著 ★★★ 文藝春秋
投稿者: hangontan 投稿日時: 2016-9-7 20:29:02 (139 ヒット)

これもこれまで知らなかった歴史の一部だ。
第二次大戦中、フランスはどうなっていたのか、全く知らなかった。パリがドイツによって陥落したことも知らなかったし、その四年後にドゴールが凱旋し解放されたことも知らなかった。
この作品は、その解放直前の数日間のパリの模様を詳細に伝えている。伝えている、というよりは、その空気を、政局を、ナチスの動きを、レジスタンスの活動を、民衆の生活を、細部にわたって再現している。そしてなお且つ、細部にこだわりながらも解放に至るまでの全体像を構築することに成功している。

ヒトラーは支配下にあるパリの総破壊を命じるのだが、それを命じられた大パリ司令官のフォン・コルテッツは悩む。軍官としては命令を遂行すべきなのだが、歴史あるパリを火の海にしてはならないという良心との狭間に揺れ動く。破壊工作の準備を命じながらも、爆破遂行命令までには至らない。ヒトラーからは再三再四状況確認の打電があるのだが、コルテッツは時間を稼ぐ。連合軍が一日も早くパリに入ってくれることを期待したのだ。一方、連合軍の指揮官のアイゼンハワーはパリ入場は念頭にはなかった。作戦上パリを迂回していち早くドイツ戦線に達することが最優先だったからだ。もし、パリ入場となれば、その間に必要なガソリン、食糧、パリ市民への物資等のための兵站戦略の再構築を迫られる。一方、地下レジスタンスはパリ解放のために抗戦準備にとりかかりつつ、連合軍にパリに入るよう工作する。だが、なかなかアイゼンハワーの心は動かない。その間、ヒトラーはさらに厳しくコルテッツに迫る、「パリを去るときにはパリは燃えていなければならない」「パリは燃えているか?」と。

そして、その日が予め決められていたかのように、四年間の月日を経てパリはナチスの手から解放される。その解放に至るまでのわずか二週間の緊迫した日々を描いたのがこの作品だ。なんとしても驚いたのは、大パリ総司令コルテッツの心の動きと判断だ。すぐさまヒトラーの命令を遂行していたら、今のパリは無かった。エッフェル塔、凱旋門、ルーブル美術館、ノートルダム寺院等々歴史的建造物はすべて破壊され価値ある美術品もすべて焼かれてしまっていたであろう。それを行わなかった人間としてのコルテッツの存在に驚かされた。ナチスはヒトラー以下鉄の掟で固められていたと思っていただけに、コルテッツのとった行動は意外だった。命令に背けば彼だけではなく、かれの彼の家族にも罰が与えられるという死の掟があったのだ。

ここで思ったのは、広島に原爆投下を遂行させた命令系統にも同じことがあったのか、否か?たった一発の爆弾で瞬時にして一つの街を消滅させるという悪魔の所業とも思われる戦術に携わった軍人たち誰一人としてコルテッツのようなジレンマに陥らなかったのだろうか。作戦上のどこかの段階で逡巡はなかったのだろうか。一人の工兵が爆弾を起爆させないように仕込むとか、爆撃機の投下装置が直前になって故障するとか、出撃の命令系統がどこかの段階で滞るとか。誰か一人あるいは複数の人間がコルテッツのように考えて行動していたら原爆投下はなかったかもしれない。そのときすでに日本は瀕死の状態で降伏目前であり、ほんの少しの時間稼ぎの間に戦争は終わっていただろう。そう考えると、コルテッツはいかに偉大だったか、勇気ある造反者だったと思わざるを得ない。

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